2020年8月1日土曜日

コロナで中断の藤倉総裁の刑事裁判、5カ月ぶり再開へ

幸福の科学「初転法輪記念館」の監視カメラに写った藤倉被告(幸福の科学機関誌『ザ・リバティweb』より)
幸福の科学の一般公開施設に取材に入った事が建造物侵入罪に当たるとして裁判中のジャーナリスト・藤倉善郎被告(45歳=やや日刊カルト新聞社総裁)について、公判前整理手続が8月5日に東京地裁で行われることがわかった。同被告の公判前整理手続は新型コロナウイルスの影響で中断しており、3月18日以来、5カ月ぶり19度目。


藤倉被告は2018年1月、幸福の科学の一般公開施設である東京・西日暮里の「初転法輪記念館」に取材のため立ち入ったことが建造物侵入罪に当たるとして、同年6月に起訴。10月から公判前整理手続が開始されていた。

公判前整理手続は、一般公開の公判の前に検察側と弁護人が証拠や争点などを整理する非公開の手続き。裁判員裁判の迅速化のために導入された制度だが、東京地裁は裁判員裁判ではない藤倉被告の裁判もこの手続をとると決定。弁護人が不服として抗告したが最高裁もこれを認めず、公判前整理手続が開始された。

非公開であるため、傍聴ができない。そのため、裁判迅速化のための制度なのに2年近くの長期にわたって、これまで18回、事実上の秘密裁判が行われている。

藤倉被告本人が言う。

「毎回、誰一人傍聴人がいない法廷で、裁判官3人を前に検察側と弁護側とで予定証拠や予定主張(公判で提出する予定のもの)の調整をしている。コロナの影響で中断するまでは、弁護側が出した予定証拠の多くを検察官が『不同意』として公判で使わせないようにさせようとしているため、弁護側が証拠の内容や構成を再編して再提出し検察側に同意を求めるせめぎあいが展開されていた。公判前整理手続の中断中も、こうした書面のやり取りは続いており、再開後もこれが続きそう。このプロセス自体、誰も傍聴できない。政府は3密を避けろと言っているが、秘密裁判はいいのか」

とは言え、このやりとりで証拠や主張の整理が終われば傍聴可能な公判が開かれるため、早ければ年内に公判に移る可能性もある。

弁護側は、公益法人でありなおかつ政治活動も行っている幸福の科学の一般公開施設に入ることが罪に問われれば、取材・報道の自由や国民の知る権利を損なうとして無罪を主張すると見られる。藤倉被告はこの事件の9カ月後の2018年10月にも、幸福の科学の「ハッピー・サイエンス・ユニバーシティ」の学祭に入ったとして建造物侵入容疑で書類送検されたが不起訴となっている。

日本のメディア関係者が取材で建造物侵入罪に問われたケースは過去にもあるが、略式起訴で罪を認め罰金を支払って済ませてしまっている。そのため、建造物侵入罪と取材・報道の自由や国民の知る権利との兼ね合いが刑事裁判で争われるのは、これが日本初。

「非公開の施設ではなく一般公開施設なのに、幸福の科学が気に食わない記事を書いている人間だからという理由で建造物侵入罪などという理屈がまかり通るなら、幸福の科学に限らずあらゆる対象に対して批判的な取材と報道はできなくなる。当然、私以外のジャーナリストも無関係ではいられない問題だ。何としても無罪を勝ち取りたい。裁判の長期化もあって弁護団の活動費が逼迫しているので、皆様、何卒カンパをお願いいたします」

第19回公判前整理手続きは8月5日13時30分東京地裁715法廷(7階)。非公開のため傍聴できないが、終了後に法廷外で弁護団がその日の報告を行う。「藤倉善郎氏を支える会」では、ウェブサイトで「傍聴希望者がいることを示すために、ぜひ裁判所にお越しください」と呼びかけている。

◇カンパ先
幸福の科学取材で刑事被告人にされた藤倉善郎氏を支える会
ゆうちょ銀行 〇一八支店(店番018)
普通 口座番号 9229734
あるいは
10140-9229734
藤倉善郎氏を支える会
フジクラヨシロウシヲササエルカイ


3 コメント:

キャノンドウ さんのコメント...

藤倉総裁被告!!!
貴殿は極刑(死刑)でしょう。と大川隆法総裁先生は霊言集を
だします、たぶん(笑)🌊だ
根拠としまして、判決は(けつが半分出ていることではありません)
だるまさんころんだと、よくなります。
地裁で有罪・高裁で無罪・最高裁で再戻しがなく死刑です?
しかぁぁぁっっっしい、恩赦で無罪放免の可能性もあるであろう、わからないけど。
幸福の科学の信者の皆様、コメントをいやらしく、すみません間違えました、
よろしくおねがい致します、大川先生次回の離婚とまた再婚はいつごろでしょうか。
霊言集で重ねてお願い申し上げます。

匿名 さんのコメント...

「日本でも起こっているキリスト者の性犯罪<映画『グレース・オブ・ゴッド』は対岸の火事ではない」を読ませていただきました。日本で活動する韓国系プロテスタントがすべて新興宗教だということも強調されたほうがよいのでは? それ以外にちょっと気になった表現は

>韓国では独自に教会を設立した牧師による、プロテスタント系というよりは「インディーズ系キリスト教」とか「キリスト教系新興宗教」と呼んだ方が良さそうに思えるキリスト教勢力がある。

プロテスタントは無法地帯ですので誰でも教祖です。韓国でも日本でもアメリカでも、自分を教祖とした個人商店教会を勝手に開業するのです。牧師は民間資格ですので神父と違って公的責任で管理されません。よってすべて「インディーズ」といってもいいくらいです。キリスト教系新興宗教という言い方もありますが、「新興宗教系プロテスタント」のほうが適切でしょう。

>牧師が強権的(つまり教祖的)だったり教義に独自色が強かったりする場合は、韓国のプロテスタント系から異端視されたりもする。

実はその手の異端認定をやっているところがすでに新興宗教で、認定を発表する聖職者じたいが個人商店教会を運営する教祖です。つまり新興宗教が新興宗教をさばいているわけです。
実はプロテスタントでは異端認定をすることができません。なぜなら本山がなく公的責任で管理されない無法地帯でいったもん勝ちだからです。韓国の新興宗教系プロテスタントはしばしば「あそこは異端」とお互いに裁きあっていますが、プロテスタントがそもそも無法地帯だという、キリスト教の初歩的な知識を持たないのです。

匿名 さんのコメント...

宗教がなくても、人は生きていける。
特にアメリカやヨーロッパでは宗教はディープステートの手先になっているので
(日本もそうだろうね)
無くても全然良い。