その神社の側を車で通ったとき、我々は唖然とした。
鳥居があるので、神社であるはずなのだが、色とりどりの電飾が、箱根の山の暗闇の中で光っている。
我々はUターンできるところを探して引き返し、箱根大天狗山神社の関連施設である「天聖稲荷大権現神社」の前に車を止めた。
寒い夜の中、写真を撮りまくる。
入口には提灯が並んでおり、「箱根大天狗山神社」と書かれたものと、おそらく寄付した人の名前であろう、個人の名前が書かれているものがある。
電飾付きの提灯が並ぶ道を、そのまま中へと入っていく。
『この世とあの世の境目って、こんな感じなのかな……』などということを考えながら、境内に入る。
神社は神社なのだが、日本人の考える神社とはかなり様式が異なるようだ。
この神社、「“日本で唯一”の『幼神神社』」らしい。「幼女神社」ではない。「幼神神社」である。要するに、一般には水子と呼ばれる「幼童神霊」を祀っているということだ。
職員の話によると、中絶や死産で亡くなった胎児や、あるいは成人しないうちに亡くなった子どもの霊は、身体がバラバラになった姿でその辺をさまよっていて、教祖(武田敏男氏)は、その水子の霊を元の形に戻して、天国に送ることができるとのこと。
流産や死産のとき、身体がバラバラになるところを、寒空の中説明され、身も心もガクガクブルブルと震える。
宝物殿にはミッキーマウスやマトリョーシカ人形があり、かなり脈略がないが、「幼童神霊」を祀っているのが理由なのだろうか。天使にしか見えない像とかがあったりして、この神社の様式は一体何なんだと思う。
というか、本当に神社なのか?と突っ込みたくなるほどだ。
しかし、妙なリアリティがある。
どういう人のどういう夢かはさておき、夢の中に出てくる寺社って、こんな感じなんじゃないだろうか?
しばらく居ると、極彩色の光にあてられたのか、冬の風に銀色のリボンが舞うのを、美しいと思えるようになっていた。
「天聖稲荷大権現神社」を出て、「箱根大天狗山神社」へ向かう。
駐車場から見える「賀正2010」の文字が印象的だ。
参道に露店が並んでいるのは祭りのときの神社と変わらないが、電飾の凄さは目を引く。山車(恐らくそうだろう)も凄い。
色々と見て回った後、入口にある「天狗茶屋」でラーメンを食す。信者には高齢者が多いようだ。
このまま新年を迎えて、初詣としようと考えたが、2010年を前にして、店の人に出るように促される。何やら、行事があるようだ。本殿前の広場へと向かう。信者が数百人ほど集まっていた。
大晦日の夜は冷え込むと天気予報にあったが、山の中は更に寒いのだろう。寒さに耐えながら、2010年を迎える。
神職の人の話。祝詞というより、説教といった感じだ。広場に飾ってあった天使(幼童神霊ということだろう)の絵の下で神職姿の人が祓いを行うのもシュールな感じ。
「解散」という言葉で話が終わる。
車で一路、東京へと向かう。光の洪水から出ると、やけに辺りが暗く感じる。
我々は狐、じゃなくて天狗に「化かされた」のではないだろうか?
そんなことを考えながら、我々はこの「異世界」を後にした。
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