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2018年6月14日木曜日

音喜多駿都議らのイベントで麻原三女がオウム被害者団体を中傷

Peatixより
5月31日の都内で行われたイベントで、オウム真理教教祖・麻原彰晃こと松本智津夫死刑囚の三女・松本麗華氏が、かつてのオウム真理教被害者の会(現・同家族の会)の活動について「はたち過ぎた大人の信者について“子供返せ”とかってやっている活動」などと中傷していたことがわかった。司会を務めた宇佐美典也氏とともに、すでに判明している事件について実際以上に軽微であるかのように思わせる発言も行っていた。



音喜多都議のTwitterより
イベントは、都議会議員の音喜多駿氏とコンサルタントの宇佐美典也氏が中心となって運営する会員制サロンの勉強会名目で開催された〈宇佐美典也と音喜多駿の「ゆるい政治」リアル勉強会#3「それぞれにとってのオウム真理教」〉。当日は会員以外の一般客も軽食・ドリンク付き3,500円で入場できた。「アーチャリー」の名で知られる教祖の娘が語るとあって、「サロン史上1、2を争う集客と参加率」(音喜多氏のTwitterより)という約40人が麗華氏の話を聞いた。

司会は、松本麗華氏をゲストに招くことを提案した宇佐美氏だ。イベントに参加した客のA氏が言う。

「はじめの1時間あまりは、年表に沿って宇佐美氏が麗華氏に質問し、麗華氏がそれに応じる形で語るというもの。後半の約1時間は質疑応答でした。麗華氏のトークは、全体としては本人の幼少から現在までの歩みをオウム真理教の歴史と重ねながら語るもの。他愛のない思い出話なども多く、オウム事件というよりは麗華氏自身をテーマにした内容でした」

しかしA氏は、麗華氏のトークが始まって程なく、違和感を抱いたという。

「麗華氏と宇佐美氏が口を揃えて、麗華氏が生まれ育った環境などを“普通、普通”という言葉で強調するんです。たとえば麗華氏は、すでに“オウムの会”が設立されていた2歳のときに親に連れられて初めてインドに行き、4歳のときにもインドのチベット亡命政府を訪問している。その写真を見て宇佐美氏が“普通な感じですよね”などと言って麗華氏が元気よく“はい!”と応じる。オカルト団体を主催している親にたびたびインドに連れて行かれ、チベット亡命政府の関係者と写真撮影をするなんて、全然普通じゃないと思うのですが。こんな調子で、宇佐美氏と麗華氏は序盤からしきりに“普通”という単語を繰り返し口にしていました」

1988年9月に教団内で起きた在家信者死亡事件の話題で、宇佐美氏が「まあ結構アクシデント的な事件だったようで」などとフォローを入れながら、麗華氏に話を振る。すると麗華氏は、「事件っていう風に言われてますけど、死亡事故」「(裁判で)警察が描いたストーリーに沿うために、いらない事件として、(一連のオウム)事件のスタートとしての意味づけしかされてない」などという説明に留めたという。

しかしこの事件、修行中にパニックのような発作を起こした信者の顔を他の信者が浴槽につけるなどしていたところ死亡してしまったというもの。さらに松本死刑囚の指示で、証拠隠滅のため遺体は焼却して上九一色村の精進湖へ遺棄したとされる。宇佐美氏と麗華氏の掛け合いは、この事件を実際より軽微な性格のものだったかのように説明するものだ。

「そりゃ、浴槽に顔を無理やりつけられたら死にますよ。殺人や少なくとも致死事件くらいの話で、事故なんかではないですよね。麗華氏が、自分がいた教団を多少美化したり擁護したりしたくなるのはわからないでもありません。しかし宇佐美氏まで一緒になってこれを“アクシデント”などと同調しているのに驚きました」(A氏)

89年2月には、この事件に関与した信者が教団に疑問を持ち脱会の意思を告げるが、教団施設内に監禁され、松本死刑囚から「ポア」の指示を受けた早川紀代秀死刑囚ら4名によって絞殺された(いわゆる「男性信者殺害事件」)。この事件について、麗華氏はこう説明したという。

「脱会するのを止めるために殺害したと言われていますが、坂本弁護士一家殺人事件の実行犯の宮前(一明死刑囚=旧姓・岡崎)さんは脱会しています。教団の全財産を持って逃げて、生きて逮捕されている。だとしたら、どうして89年2月に、この方が殺されちゃったんだろうと思うんですね」

これにも、宇佐美氏が「ストーリーに基づいて裁判がされたっていう感じですか」と尋ね、麗華氏が「そうですね」と応じた。

脱会しようとした宮前死刑囚が殺されなかったのだから、教団が脱会しようとした信者を殺すはずがないだろうと言っているようにも聞こえる。

「しかし宮前氏は、いずれ自分も殺されると思ったから脱走したのだし、脱走したからこそ殺されずに済んだ。教団が脱会を理由に信者を殺すわけがないなどという憶測は成り立ちません。こうやって複数の事件について、宇佐美氏と麗華氏が“警察のストーリー”“変ですねー”“不思議ですねー”と掛け合いをする。裁判等で言われているほどオウムは悪くないという無理やりなアピールにしか聞こえませんでした」(A氏)

かと言って、「警察のストーリー」が不当だという根拠が示されるわけでもなく、こうした「感想」の言い合いが続く。

「1994年に、教団で病気の治療を受けていた女性信者を救出しようとした信者が教団側に捕まってリンチされ殺された事件がありました(いわゆる薬剤師リンチ事件)。これは唯一、麻原同席の上で実行された殺人事件とされているのですが、麗華氏はこれについても、現場が麻原の寝室だったことを理由に“そんな場所で(殺人を)するのか疑問”などと口走っていました。麻原が関与していなかったという具体的な根拠が示されるわけでもなく、自分の寝室で人を殺すわけがないという希望的観測です。また“第7サティアンでサリンが作れるようになったという話はない”などと、まるで教団がサリンを製造できていなかったかのような発言もありました」(A氏)

第7サティアンのプラントではサリン製造に成功していなかったことは事実だ。しかし一連の事件で使用されたサリンは、クシティガルバ棟やジーヴァカ棟という施設で製造されていたことが、松本死刑囚に対する2004年の東京地裁判決で認定されている。

■家族の会をデマで中傷

麗華氏の口から極めつけとも言える問題発言が飛び出したのは、イベントの終盤。質疑に入って、サロンの会員からの質問に答える中で、麗華氏がオウム真理教被害者の会(現・同家族の会)のことを話題にしたという。その内容は、こんなものだった。

「(被害者の会は)“子供を返せ”って言っているんですが、その子供というのは大人です。はたち過ぎた大人のことを“子供返せ”と言っている活動。子供もいたんですが、そういう活動なんです」

実際には、被害者の会は設立当初から未成年者の出家問題を重視して活動していた。むしろ会結成の発端だったと言っても過言ではない。

未成年の子供が出家し、親が「子供に会わせろ」と教団施設に足を運んでは、新実智光死刑囚など対応に出た信者に追い返される。個別にこれを繰り返していた親たちが互いに連絡を取り、1989年に結成したのが「被害者の会」(現・家族の会)だ。

会の設立に尽力した坂本堤弁護士も、未成年で出家した子供を取り戻したいという親からの相談を受けていた。オウムに殺害される数日前に坂本弁護士が上祐史浩氏(偽証罪などで服役し、すでに出所)らの訪問を受けて話し合ったのも、未成年者の出家をめぐる案件についてだ。被害者の会設立時から現在も家族の会の会長を務める永岡弘行氏が活動を始めたのも、自身の息子が未成年で出家したことがきっかけだった。

「息子の部屋から、自分のすべての権利を麻原尊師に捧げるという内容の遺書まで出てきて、これはいかん!と思いました。我が家の全財産をもオウムが狙っているということです。後にうちの息子はオウムをやめましたが、オウムは息子の名義で私たち両親に対する民事訴訟を起こしてきました。 “信教の自由を侵害した”というのです。息子は出家の際、何枚もの委任状にサインをさせられたと言っていました。それを使って、教団の青山吉伸弁護士が勝手に息子の名前で訴訟を起こしてきたのです」(永岡氏)

こんなことをやらせる教団なのだから、仮に未成年でなかったとしても親が心配して本人に「戻ってこい」と言うのは何もおかしくないし、本人に会わせようとしない教団に「子供を返せ」と要求するのも当然だろう。言うまでもないが、親にとっての「子供」とは未成年者という意味ではない。成人であっても親子関係はなくならない。

「はたち過ぎた大人のことを“子供返せ”と言っている活動」という麗華氏の説明は完全なデマだ。

麗華氏は続けて、松本死刑囚への新聞社による過去のインタビューもその場で紹介した。

「“オウムのせいで家庭が壊されたって被害者の会は主張しているが、そもそも家庭が壊れていたから出家したっていう視点が抜けている”って父が答えていた。それはそうだなあって思いました」

前述の永岡氏の例を見て、オウムが家庭を壊したのではないと、果たして言えるだろうか。親から将来相続することになるであろう全財産を差し出すと約束させ、出家時に委任状を書かせて脱会すると信者名義で親を相手に裁判を起こす。どう見ても、家庭を破壊しているのはオウムだ。

徹頭徹尾、イベントに集まった人々に向けて被害者の会の活動が欺瞞的なものであるかのように印象づけ中傷する内容だ。

「最初から最後まで、ツッコミどころの多いイベントでしたが、被害者の会についての発言はさすがにひどすぎると思いました。イベントの締めくくりで宇佐美氏が、“松本さんが言っていることが事実かどうかわからないが、松本さんはこういうふうに事実を捉えているということはわかる。そういうふうに物事は捉えるべきなのではないか”と言っていました。解釈次第で見方が分かれるような感覚的な話ならそれでいいかもしれません。でも、客観的な事実まで歪めてしまったら、“飽くまでも個人の感想です”なんて、何の言い訳にもならないのではないでしょうか」(A氏)

しかも、都議会議員である音喜多氏まで一緒になってこんなイベントを催し、司会役であり企画者である宇佐美氏は麗華氏に同調する発言を繰り返していた。

別の参加者のB氏は、このイベントについてこんな感想を漏らした。

「来場者の半数以上はすでにアーチャリーの著書を読んでいたようです。“大変な人生を歩んできたんだなあ”という感じでアーチャリーを暖かく迎え入れるかのような雰囲気に見えました。当然、アーチャリーの話に対しても“ああ、そうなんだ~”というような反応で、批判的な態度を見せる人や批判的な質問をする人はいませんでした。参加者の多くがアーチャリーの話を受け入れているように見えました」

イベント中もそれ以降も、内容に事実と違う部分があった旨の訂正はアナウンスされていない。麗華氏はもちろんのこと、音喜多・宇佐美両氏の良識も疑われる。

■音喜多・宇佐美氏は反省ゼロ

主催者側の両氏にコメントを求めたところ、以下のような回答だった。

まず、在家信者死亡事件に関する宇佐美氏の「アクシデント的事件」についてのご本人の見解。

〈本件は刑事事件の基準で裁けば、過失致死罪に問われるべき事件であったと認識しております。こうした認識を踏まえ、「その場にいた当事者の被害者に対する殺意は未だ確認されておらず死因分類でいうところの『不慮か故意か決定されない事件に基づく外因死(Y21)』に該当する」という意味合いを込め、私は本件に関して当日「この事件はアクシデント的なものであった」と発言しました。今振り返ってもこの表現にはなんら問題はなかったと感じるところです。ご指摘の、私が「事実に反して軽微な出来事であったかのような印象を来場者に与え」た、かのような事実はなかったと私としては考えております〉

人間の顔を浴槽の水に漬けて死なせたのだから、仮に殺人ではなく致死事件だとしても、過失致死ではなく傷害致死と考えるのが自然だ。しかも隠蔽のための遺体損壊と遺棄まで加わっている。これを「アクシデント的」と言い、麗華氏の「事件ではなく事故」という言葉をアシストしたのだから、事件の重大さを実際以上に軽く見せている。

オウム問題に長年取り組んできた滝本弁護士が言う。

「1988年9月の真島さん事件(在家信者死亡事件)は起訴されませんでしたが、麻原地裁確定判決(カナリヤの詩)にまで、しっかり出ている事件です。それが1989年2月の田口君虐殺事件(前出の男性信者殺害事件)の要因にもなっています。これも麻原地裁判決に載っており、各所の傍聴記にも載っています。宇佐美氏、もとより三女についても、これを知らないまたは知らないふりをするのは、あまりに不誠実だろうと思います。私は直接、(真島さん事件の)その場にいた元幹部からも話を聞いています。鎮めるために水に顔をつけた。その2度目のことだったと。傷害致死、死体損壊事件であったと思われます。一人の命が失われた重さ、その遺体焼却のおぞましさに思い至らないのは、オウム問題を語るものとしての誠実さを欠くものでしょう」

ちなみに宇佐美氏がこの件について参考にしているのは、『オウム真理教事件Ⅱ カルトと社会』(島田裕巳、トランスビュー)とのこと。またこの点について音喜多氏は、以下の回答。

〈本イベントはそもそも「それぞれにとってのオウム真理教」というもので、各々が自分たちの立場から意見や見解を述べる機会でありました。その文脈の中で個人の見解・見方を述べたものであり、ご指摘の点には当たらないと考えます〉

両氏とも、麗華氏がこの事件を「事故」と主張したことについては回答しなかった。

麗華氏が「(被害者の会は)はたち過ぎた大人のことを“子供返せ”と言っている活動」と発言したことについては、こうだ。

〈当日のイベントは会場を使用させていただいたDMM社のライブ配信を除いて録画・録音を禁じており、松本麗華氏が当日どのような発言をしたのか、私には確認のすべがありません。私の記憶にある限りでは松本麗華氏から引用されているような趣旨の発言はなかったと思います。仮にご質問中にあるような発言があったとして、その発言をどのように捉えるかは参加者各人の自由です〉(宇佐美氏)

記憶にございません、仮にそのような発言があったとしても、言った側ではなく解釈する側の責任です、というわけだ。

この調子だから当然、オウムの歴史について誤った印象や認識を来場者に与えるイベントを開催したことについて、両氏に反省の色はない。そればかりか宇佐美氏はイベントを「まともであった」とまで言い放つ。

〈当日のイベントの進行はその趣旨に則ったものであり、その意味で「まともであった」と言えるものだったと思います。事実関係についても事前に年表資料を用意しており、その範囲から外れた松本麗華氏の発言はなかったものと認識しております。また当日の参加者複数人からも「改めてオウム真理教とはなんだったのかを考える機会となった良いイベントであった」と高く評価されています。従って、私としては「オウムについて事実に反し誤解を生じさせる内容のイベントを開催した責任」なるものをなんら感じるところではありません。なお仮に私の認識の不足により当日事実と異なる説明があったならば、個別具体的にご指摘いただければ幸いです〉(宇佐美氏)

前出の通り、本紙は宇佐美氏に対しても個別具体的に登壇者の発言を指摘しているのだが。

イベント当日に使用された資料の一部(宇佐美氏のブログより)
なお、宇佐美氏が用意した年表には、簡単な出来事が記載されているだけで、本記事で指摘したような各「問題発言」は記載されていない。資料から「外れた松本麗華氏の発言はなかった」とする宇佐美氏の主張は真っ赤なウソ。

また、このイベントを高く評価する参加者がいたのであれば、誤った情報に気づかず真に受けてしまった参加者がいたことの証明だ。なおのこと、音喜多・宇佐美両氏の責任は重い。

〈本イベントはゲスト・参加者双方の了解の元、それぞれの立場で考えることを前提に開催されたものであり、「誤解を生じさせる内容のイベントを開催した」という指摘は当たらないと考えます〉(音喜多氏)

飽くまでも「個人の感想です」で押し切るつもりのようだ。悪徳健康グッズ業者の広告か、あるいは「信じるか信じないかはあなた次第!」の都市伝説芸人か。

本紙・容疑者兼総裁の藤倉善郎氏のコメント。

「アーチャリーによる“歴史修正”には目を覆うばかりだ。それに加担して居直る音喜多・宇佐美両氏は、恥を知れ。信者の顔を浴槽の水につけて死なせ死体を焼いて粉々にして遺棄した犯罪を過失致死だのアクシデント的などと言い放つ宇佐美氏の無知にも驚かされるが、立場上、深刻なのは音喜多都議のほう。よりによって地下鉄サリン事件や都庁への爆弾テロなど都内でも多くの人々を殺傷したオウム真理教の問題をこんな無責任な態度で扱うようでは、都議会議員失格だ。こんなのを議員にしておいてはいけない」

取材:本紙オウム問題特別取材班
協力:インコの会

11 件のコメント:

  1. ツイッターでやりあってたのを見てたけど、予想以上にひどいね。

    アーチャリーってサイコパスだと思う。自分の都合の悪いことは言わない、都合のいいことしか言わない、自分を有利にするためには平気で嘘をつく。麻原そっくり。サイコパスはが達者で自分を見せるのがうまくて表面的には人に好かれるわけだけれども、籠絡されている文化人諸君を見てるとますますそう思う。

    オウムは、真島事件(もみ消しに成功。宗教法人格の取得を目指していたため事件化させたくなかった)、田口事件(口封じに成功)、坂本事件(敵対者の抹殺に成功。証拠のプルシャを残したのにもかかわらず事件化されなかったことで、実行犯に麻原の神聖性を深く刻みつける)という「成功体験」の積み上げと行動のエスカレートの果てにサリン事件がある。真島事件と田口事件なくして、その後のオウム事件があったとかどうか大いに疑問。この2つを軽く見るようなことは、まともにオウムの研究したことがある人間だったら普通はできないだろう。アーチャリーは論外として、宇佐美と音喜多は不勉強にすぎる。知らないのなら軽々しくオウムに手を出すべきではない。こうした言動によって麻原無罪論やオウム陰謀論が広まれば、確実にアレフの勧誘に利用されるのだから。

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  2. 東京都議会開催中に書き込みするが!
    彼らは何の為に東京都議会議員を続けるのか?
    選ぶ住民とも民度が問われるな。

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  3. 音喜多議員はオウム真理教における事件に関して無知すぎますね。議員としてこの行動はどうなのか。単なる売名行為に見えます。

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  4. 麻原から後継者と目されていただけあってサイコパスが麻原そっくり(確かに大変な人生を歩んできたようだし、正常な生き方をしてきた人ならしなくていい苦労まで彼女がしてきたことはまあみとめてやってもいいが)
    「麗華の話は信じるな」と主張する四女を信用したほうがまだいいかも。

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  5. 都合の悪いことは何でも隠蔽!の始まりの重要な事件じゃないですかね。

    1988年9月在家信者死亡事件(私にとってオウムとは何だったのか 早川紀代秀 P127)
     88年9月末ごろ、多数のサマナができたばかりの富士山総本部道場で極限の集中修行に入り、立位礼拝をしていたときのことです。一人、奇声を発したり、走り回ったり、話しかけても意思が通じない人がいました。その人は真島照之さんという信徒さんで、薬物中毒を治療するために道場に来ているということでした。
     私がいつもどおり、夕方食事を道場の食堂でとっているときでした。新實智光とTが食堂に入ってきて、「○○さんと○○さん、女子風呂へ行ってください」と何人かに指示をしていました。
     私も名前を呼ばれ、女子風呂へ行くように言われましたが、まだ食事中でしたので、食事が終わってから行くことにしました。
     女子風呂へ行ってみると、そこには医者であるHが素っ裸の真島さんを抱きかかえるようにして頭から水をかけていました。他にも数人のサマナがいました。私はそれを見るなり驚いて、「何してんの。そんなことしてええんか」とHに言いました。Hは、「頭を水で冷やすように言われました。大丈夫です」などと言いながら、ぐったりしている真島さんに頭から水をかけ続けていました。
     医者であるHの言うことではあるけれど、どうも真島さんの様子がぐったりしていて大丈夫そうには見えなかったので、私は「おい、ほんまに大丈夫なんか。ちょっと、そんなことやめとけ」と少し大きな声で言いました。そうしたらHは、「大師からやれと言われたことなので、大師がやめろと言われないとやめられません」などと言うので、私は、「大師ってだれや」と大声で聞くと、Hは「ラーフラ大師です」と答えました。私は隣にいたサマナに大至急ラーフラ大師であるTを呼んでくるように頼むとともに、彼が食堂にいるのはわかっていましたから、私も風呂場から大声で「ラーフラ大師」と呼びました。
     するとすぐにTと新實智光、岡﨑一明などの大師たちがかけつけて来ました。私はTの顔を見るなり、「こんなことをさせていいのですか。様子がおかしいですよ。すぐやめさせてください」と言いました。Tはびっくりしたような顔をしながら、Hに「やめい」と言いました。それを聞いてようやくHは、真島さんを寝かせ脈をみたりし始めましたが、「あれあれ、おかしい脈がない…」などとあわてだしたのです。
     そこで、これはえらいことになったと、その場にいた皆があわてだし、誰かがグル麻原のもとへ知らせに行くとともに、皆で真島さんを広い男子風呂の方に運び、そこですでにかけつけていた村井秀夫が中心となって人工呼吸や心臓マッサージなど蘇生処置をとりました。そうこうしているうちにグル麻原もかけつけ、エネルギー移入したりしましたが、真島さんはついに息を吹き返すことはなかったのです。
     こうして真島さんは事故死してしまったのですが、この後が問題でした。私たちはこの事故を公表することなく、密かに教団内部で遺体を焼却し、遺骨は近くの湖に流してしまったのです。私自身も他の幹部とともにこの作業に関わりました。 どうしてそんなことになったのかと言いますと、グル麻原から、もしこの事故が公になると救済計画が遅れると言われたからでした。また、真島さんのためには一刻も早くポア(魂を高い世界へ転生させること)をしないといけないが、ポアのためには遺体を教団で処置したほうがよいこと、さらにHの医師資格を守ってやるということからも公にしないほうがよいということだったのです。
     こうした意向にもし反対意見があれば反対することもできましたが、その場にいた大師たちをはじめ誰一人反対意見を言う者はおりませんでした。もちろん私も同意しました。私にとっては、すでにこのころ、グル麻原の意思というものは、絶対的なものだったのです。グル麻原と同じ考えを持つということが喜びであり、グル麻原と違う考えを持つということは恥だったのです。
     こうして、私は遺体遺棄という犯罪に手を染めてしまったのですが、これは救済のためには正しいことのなのだと信じて疑いませんでした。そして、私が村井やK、岡﨑の4人で真島さんの遺体を護摩壇で焼却しているとき、「グルが真島さんを天界へポアした」という知らせが届いたのですが、この時は、本当によかったと思いました。「うらやましいな」とさえ思いました。このことがあって、グル麻原は、本当にポアをするグルなのだと強く印象づけられる結果となりました。

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  6. 宇佐美典也がBLOGOSでこんなことを言ってるよ。

    >あと余談だが藤倉さんは私を怒らせようとしておちょくってくるのはやめてほしい。私も短気なので実際それは効果が上がっている。

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  7. 見損なった‥ 三女麗華さんは、父が悪いことをするはずがない、とまっすぐに信じていたと思ったが、麻原の罪を罪と認識していてそれを正当化するために事実と異なることを言っていたとは。彼女自身は何も悪いことはしていないのに、学校に入学を拒否されれたりしたのはすごくかわいそうだとおもっていたけど‥

    今度は、実際の犯罪の事実と異なることを言った、となると、偽証罪になる可能性も出てくる そうなると犯罪になる 幼いころからオウムで過ごしてきたからやはり洗脳がかなり深いのかな‥

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  8. この記事、多くの人に読んでほしいです。
    三女の本や仰天ニュースの内容だけを見て「可哀そう」と同情し、彼女の偏った意見を信じてしまう人がツイッター等であまりにも多すぎます。
    そもそもツイッターでは第三者を気にしてか「父を無罪と思ってるわけではない」という旨の発言をしているけど、
    自著の中では「父親の罪については保留」「村井の暴走だった可能性もある」と暗に言ってますよね。
    そうして観念崩壊セミナーのように自分に都合の悪いことは一切語らない。
    結果論としてアレフと決別していることを強調し、決別に至るまでの詳細は明かさない。
    歪めた事実を吹聴して支持者を獲得しているあたり、親子だなぁと思わざるを得ません。

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  9. この記事に対し、ツイッターで三女の代わりに次女が反論していますね…。
    「20歳過ぎた子供を拉致監禁する親がいたのは事実」「事実だから仕方がない」「被害者の会だから何をやってもいいということではない」と、あまりにも、自己中心的な物言いですね。
    結果的に出家を止められず、子供を取り返せず、そうして子供は犯罪者になってしまったと後悔して嘆いている親にも同じことが言えるんでしょうか?


    「事実なら何を言ってもいい」と言うのであれば、三女に対して「二世信者」という言葉を使っても何の問題もないはずです。事実なんだから。
    三女は「松本死刑囚」という呼び方をした人にも怒ってましたよね。「娘の私に死刑囚という言葉を使うのは無神経だ」と。死刑囚であることは事実なのに。自分に甘く、他人に厳しくがモットーなんでしょうか?

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  10. >自分に甘く、他人に厳しくがモットーなんでしょうか?

    アーチャリーは「自分が断然ぶっちぎり世界で一番かわいい」と考えているようにしか見えない。事実が大事なことが分かっているなら、いい加減裁判記録をちゃんと読めやって話だ。判決文も「オウム法廷」も「オウム「教祖」法廷全記録」も絶対読んでないだろう。坂本事件の麻原の指示について、宮前、早川、中川が別個に同一の証言をしていることをはじめ、あらゆる事件について様々な弟子たちが麻原の指示の存在を証言しているという事実を受け入れるべきだし、「坂本事件の首謀者」という一点だけでも判例上死刑で当然という事実も受け入れるべきだろう。「エゴを徹底的になくす」のがオウムの修行の重要な目標の一つだったわけだけど、カーリーもアーチャリーも修行なんかしなかったんだろうね、特にアーチャーリーのエゴは麻原の憧れたヒマラヤのように巨大だ。最終解脱者のもとに生まれる貴きカルマを持った正当後継者様ですから、その高い高い徳の前にはヒマラヤ程度のエゴなどどうと言うこともないのでしょう。

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  11. 元公安関係者や元自衛隊関係者の人やベンジャミンやリチャード・コシミズが、アメリカCIAなどの海外の闇組織が関与していて、オウムはただの実行部隊にすぐないといっているよ。

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