事件当時の著作やパンフレット類 |
こうした宗教的医療拒否による死亡事件は後を絶たない。そのたびに世間は「またか」と思い、そして忘れる。が、世間の常識では本来、思いもよらないことのはずだ。その思いもよらないことが何故おこるのか。今月29日に東京地裁で民事裁判が判決が下されるある事件についてレポートしよう。
■「次世紀ファーム研究所」
事件は2005年7月18日に岐阜県恵那市の「次世紀ファーム研究所」という山の中の民家然とした施設で起きた。神奈川県在住の豊島桂子(当時12歳。仮名)という中学一年の少女が糖尿病性昏睡で死亡したのである。桂子はⅠ型糖尿病だった。この病気は現在の医学では完治は不可能であり、有効な手だてはインスリンを自分で注射する以外にない。にもかかわらず、同行してきた母親の美也子(55歳。仮名)と桂子はインスリンを意図的に持参していなかった。
奇妙な話である。これではわざわざ死ぬために施設に来たようなものだ。いったい、「次世紀ファーム研究所」とは何なのか。新聞報道では「健康補助食品を研究する」とある。だが、健康補助食品ならば健康回復に役立つためのはずだ。それはいかなるものか。
「真光元(しんこうげん)」
これがその健康補助食品の商品名である。事件後は「タイファ」と改名し、販売会社も「万貴」から「ファーイースト」に改名した。植物のヒメガマから作られた微粉末であり、「これを飲用することで人体の中に“光合堀菌”を発生させ」それがさまざまな難病、奇病を癒すと宣伝していた。また入浴剤としても用いさせた。とはいえ、インスリンを持参しないまで効果を信じられるものだろうか。その疑問を解く糸口は“光合堀菌”の名のなかにあった。菌は、堀洋八郎(67歳)なる人物が「18年もの研究の末、この世に生み出した」ものだという。
■「薬学博士」と「生き神」を同時に自称する堀洋八郎
堀は“薬学博士”を自称しているが、じつは別の顔を持っている。こちらが事件のポイントになるのだ。彼は真光元神社(こちらはマコモ神社と読む。東京都江戸川区。非法人)という宗教団体の教祖なのである。堀は1977年に真光元大御神が降臨し、92年には生き神になったと自ら宣言した。そして真光元は健康食品どころか「大宇宙大自然界の神霊」すなわち大御神そのものであると豪語する。信者はむろん真光元の購入者である。そして研修会で堀から「神通力」を与えられると、その力は「LET(ライフエネルギーテスト)=神伺い」によって現れるとされる。LETはいわゆる「Oリング・テスト」だ。一種の疑似科学である。
以上が事件の舞台である。生き神と“薬学博士”を自称する教祖、真光元神社や研修会、神通力などから成る宗教システム、難病を癒すという「神霊そのもの」の健康補助食品(商品)。なにより忘れてならないのは、教祖から発せられ、教団内に流布していた医学に対する否定的言説である。頼れるのは医学でなく真光元だった。
■患者の苦悩と精神呪縛
しかし、こうした宗教事件の舞台に上がるのはなにも特異な人びとではない。分別も常識もある普通の市民だ。豊島は母娘の場合もそうだった。それが何故、思いもよらない事態に至ってしまったのか。そこには解決困難な深い苦悩があり、それをテコにした宗教による精神呪縛のあることを凝視しなければわからないのである。
桂子のⅠ型糖尿病は、既述のようによくある糖尿病ではなく、大変な難病だった。事件当時、発病して足掛け5年。インスリンの注射は日に四回。そのたびごとに血糖値測定のために指先から血を1~2滴採らねばならない。桂子は母親の前では「注射はつらい」とよく泣いた。また、低血糖になった際には糖分を取る必要があるため、アメ玉などを時をかまわず口にする。それがいじめの原因ともなった。「なんでこんな病気になっちゃったんだろう」と泣いて訴えた。親の気持ちはいかばかりであったろう。思春期を迎えるころ、主治医に美也子だけが呼ばれ、Ⅰ型糖尿病は不治のため、桂子の結婚や就職は難しいと告げられた。「どうしてこんなに苦しまねばならないの」。二人で泣くことも再三だった。
現代西洋医学への絶望と苦悩の日々。そこに出現したのが真光元なのである。この事情を把握しないと事件の真の姿は見えてこない。
■「本気で治したいなら、決して高い値段ではない」
きっかけはタウン紙の自然療法講演会の記事だった。05年1月17日、美也子は講演会に参加した。講師は看護師の資格を持つ山田和子(51歳。仮名)。自然療法を教えるだけでなく自然食品の店も経営していた。講演会で山田は真光元の素晴しさを語り、アトピーが治った女性の写真を見せ、Oリング・テストの実演もしてみせた。講演会後、美也子は山田の店へついてゆき、さらに話を聞いた。
「この真光元さえ飲んでいれば、がんやアトピーなどいわゆる難病と言われている病気はすべて治ってしまうのよ」
価格は6万3,000円。迷っていると、「本気で娘さんの病気を治したいと思うなら、この値段は決して高い値段ではないはず」と言った。セールストークは精神呪縛の端緒でもあった。夫の給料日に美也子は内緒で真光元を購入。風呂に使用を始めた。
■「糖尿なんて病気は、朝飯前より簡単に治せる」
28日には美也子は桂子を連れて山田のもとへ行った。ここで真光元神社のことが明かされたのだった。玄関などの注連縄について尋ねると、神様が許した人のみ家の中に入れるためと説明した。二人は許されたから入れたと言い、桂子については「病気はしているがきっと神様に選ばれ子なんだよ」と話を宗教の枠組みへと誘導した。そして、「真光元を作られた堀博士は、真光元神社の宗祖様でもあって、薬学博士でもあるすごい方なんだよ」と教祖の権威を強調した。ついでOリング・テストは「本当は神通力」であり「病気もこの神通力さえ授かれば治すことが出来る」と説いた。さらに「宗祖様はつねづね糖尿なんて病気は、朝飯前どころか夜明け前、つまり朝飯前より簡単に治せるとおっしゃっているんだよ」を断言した。
「私としては本当に地獄に仏というか、百万人に味方を得たような気持ちでした」
美也子は裁判所に提出した陳述書にそう記している。
この直後の30日、桂子の状態が悪くなり、また入院した。「近代医学ではもうどうもならない。本当にワラにもすがる思いでした」と切羽詰まった気持ちに美也子は囚われていた。そうしたなかのあくる31日、美也子は初めて真光元神社に足を運んだ。真光元を知って、まだ12日目だった。(文中、敬称略。つづく)
(『仏教タイムス』2010年3月25日付紙面より・小見出しは本紙作成)
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ふじた・しょういち/1947年東京生まれ。大正大学卒(宗教学専攻)。フォトジャーナリスト、日本写真家協会会員。現代宗教、カルト、山岳信仰、民俗宗教、宗教と政治など宗教取材に従事している。著書に『行とは何か』『熊野、修験の道を往く』『宗教事件の内側』など多数。
本連載は「週刊仏教タイムス」に連載中の「まいんど マインド Mind」を、同紙と筆者の藤田庄市氏のご好意により再掲載させていただいているものです。本紙での再掲載にかんする責任はすべて本紙にあります。問合せ・意見・苦情等は、「やや日刊カルト新聞」編集部(daily.cult@gmail.com)までお寄せ下さい。
◇ ◇ ◇
現在、記事にある両親は最高裁に上告中で、最高裁宛の嘆願書への署名を呼びかけています。
本来なら、署名活動を行なっている両親の連絡先を掲載すべきところですが、プライバシー等、諸般の事情で掲載できないため、裁判を担当している事務所の弁護士名を連絡先として掲載します。署名にご協力いただける方は、下記に問い合せてください。
弁護士 山口広
東京共同法律事務所
〒160-0022
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電話:03-3341-3133
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>「悪意の殺人は限度があるけど、善意の殺人は限度がない。そこが一番の恐い本質ですね。」