2011年11月16日水曜日

【まいんど】「好転反応」の呪縛、そして娘の死/真光元事件(2)・藤田庄市

一審判決後の記者会見で。額の写真は亡くなった少女(2010年3月29日)
2005年7月に起きた真光元事件について続ける(民事裁判として継続中。前回記事)。

インスリンを打たねば生きてゆけないⅠ型糖尿病という不治の病に冒された豊島桂子(当時12歳。仮名)と母親の美也子(55歳。仮名)は、絶望のなかで真光元(まこも)神社と教祖・堀洋八郎(67歳)の存在を自然療法師の幹部信者、山田和子(51歳。仮名)から布教され、その宗教言説と実践に没入してゆく。同神社のお札を拝み、植物のヒメガマから作られた真光元を飲み、水を変えない真光元入り風呂に入る生活に、主観的には希望を見出した昂揚感のせいか、一時、桂子は顔色も良くなり食欲も出た。これで一気に真光元神社への信仰は深まってしまった。しかし、現実は冷厳だ。病院での検査結果は悪く、入院をせざるをえなかった。にもかかわらず、真光元への疑いが生じなかったのは何故か。


■宗教的代替医療のレトリック

「好転反応」。宗教的代替医療において当時者のよく口にする言葉がこれだ。快方に向かう前に一時的に悪い症状がでるというレトリック。その世界にとりこまれた者には説得力があることを理解せねば事件は見えてこない。この「好転反応」の呪縛が桂子の死に濃い影を落とすことになる。

05年4月。ご降臨祭で豊島母娘は初めて実物の堀を仰ぎ見た。毎日、「まこもおおかみさま」と神名を唱えている真光元神社の教祖が現前している。桂子はこの日かなり具合が悪かった。しかし、自然食品店を経営している先輩信者によると、それは堀のパワーが強いからだという。堀は威厳ある大声で、「真光元さえ服用していれば病気は消滅する」との意味の言明をした。また配られた資料集には、信者の「救われた」体験談が載っており、そこにはかの「好転反応」が出ていた。医師の指示に従わず、病状悪化を好転反応ととらえる信仰枠組みを豊島母娘はいっそう強化した—「強化された」というべきか。

■研修会で教祖への「霊的従属」へ

決定的だったのは5月の神職登用研修会だった。愛知県知多半島の古いホテルに二泊三日。スケジュールがびっしりの堀が中核になる濃密な宗教的実践環境に豊島母娘は身を置いた。まず研修会では、堀が「鶴寶(宝)大御神」という生き神であり、真光元は「人間の病などは、治してしまうよりも、消し去ってしまう」力のあることが、医学への敵対意識などとともに語られた。この教義は豊島母娘に宗教的信念として固定化された。

さらに「神通力」を与えられる儀式があった。祭壇に向かい「真光元大御神」と唱えている堀の両肩に、新人信徒が手を置く。数分後、堀が「よし」という。この時、神通力が与えられたとされる。美也子は「力がそなわった感覚」があった。この儀式中に、杖にすがって歩いていた老人が杖を捨て、シャッキッと歩いたというエピソードがある。信仰治療の場ではままあることなのだが、こうした研修会を経たことで、豊島母娘の信仰は堀への「霊的従属」とでもいうべきものとなった。

研修会後、それまでの真光元の飲用や入浴、神名を唱えることに加え、美也子は与えられた「神通力」を毎晩一時間ほど、桂子に手をかざして送っていた。身体実感によって霊的従属は日々強化された。

■インスリンなしでの宿泊をスタッフが賞賛

この状況のなかで、「山の家」(次世紀ファーム研究所)への堀からの誘いが行われたのである。

堀が桂子を「山の家」へ来るように言いつけたきっかけは、当時の「山の家」スタッフだった本宮純子(仮名)とのやりとりだった。本宮の証言によると、研修会の帰りの車中で彼女が「桂子ちゃん、小さいのにインスリンを打たなければいけないなんて可哀そうですね」と言うと堀は、「私のもとに連れて来なさい。1カ月ぐらい一緒に過ごせばよくなるだろう」と応じた。なお美也子の記憶では、研修会の冒頭、堀が桂子に「どこが悪いのですか」と問い、彼女は「小児糖尿病Ⅰ型です」と答えた。美也子も「インスリンを必ず打たなければならない病気なのです」と重ねて答えた。すると堀は「じゃあ身体からインスリンがでればいいのだな」と言い、「糖尿病などは夜明け前だ。朝飯より前だ」と得意のせりふを吐いたという。

ところで「山の家」についての信者たちの認識は、「パワーに満ちる場所」であった。第三者から見れば祭壇はあるものの、とりたてて宗教施設らしくないであろう。しかし、堀の誘いをうけるように執拗に促した山田和子らの言辞は、「山の家」の超自然的パワーを強調するものだった。そして生き神・堀の存在だ。少女の桂子が治りたい一心と覚悟からインスリンを持参しないと決意しても不思議ではない。看護師の資格を持つ山田が「偉い。その心がけが病気を治すんだよ」と言えば、美也子もそれを信じたのだった。

■死亡、そして訴訟へ

7月15日。豊島母娘は岐阜県恵那市の「山の家」に入った。その日の夕食時、美也子は堀に、桂子がⅠ型糖尿病であり、インスリンを持参しなかったことを告げた。堀は「よく分かりました。もう大丈夫です」と答えたという。さきの本宮は、堀が豊島母娘に「治療はもう始まっているのですよ」と言っていたのを聞いている。そして夕食後、堀は桂子の手を「パワーを送る」のだと一時間ほど握り続けた。教祖自らが為した宗教的治療行為の心理的影響の大きさを過小評価してはならない。

が、しかし。当然ながら桂子の状態はその夜からどんどん悪化した。にもかかわらず母親が先輩信者の店の仕事のために心配しながらも一時帰宅したのは、堀の「治療パワー」を信じたが故であった。加えて、桂子の具合の悪さについて、本宮たちスタッフの見立ては一致して、かの「好転反応」であった。事態の深刻さを見据える思考枠組みは、堀をはじめ全員から失われていた。

18日朝。桂子が寝息をたてていないことに気づいた本宮がびっくりして堀に報告。救急車を呼んだがすでに遅かった。医師が不審を抱き警察に連絡した。マスコミの知るところとなり、「次世紀ファーム研究所事件」として一時メディアを騒がせたのだった。

この事件は刑事事件としては翌06年に山田和子が過失致死と薬事法違反で起訴されたが、昨年2月の岐阜地裁判決で前者は無罪、後者は懲役1年、執行猶予3年、罰金50万円の判決が下され確定した。母親の美也子は起訴猶予、そして堀は証拠不十分で不起訴であった。美也子は事件後まもなく8月に家族や友人の働きかけによって真光元神社を脱会。翌06年に夫とともに堀らに対して民事訴訟を東京地裁に起こした。

■教祖は警察の捜索前に証拠隠滅

刑事事件、民事訴訟の法廷証言において、堀自身は桂子がⅠ型糖尿病であることを知らなかったと主張してきた。そして刑事事件の法廷では、道義的責任について検察官から問われると、直接それには答えず、こう述べている。

「母親に見捨てられ殺されたことについて本人も非常に苦しみ、苦しんでおられるだろうと思います」

真光元や堀自身のパワーについてはこうだ。

検察官「真光元を飲めば、糖尿病は治るんですか」

堀  「治りません」

検察官「証人(堀)のパワーとか真光元神社のパワーで糖尿病は治るんですか」

堀  「治りません」

検察官「病人がいたらどうするんですか」

堀  「病人がいたら、御本人が治せばいいんで医者へ行けばいい」

民事提訴後、わかったことがある。山田も本宮も掘から離反し、事件当時のことを明らかにしたのだ。じつは事件直後、堀の指示によって彼が桂子の糖尿病を知らなかったことにしようと、スタッフが口裏を合わせ、警察でもそのように述べたこと。警察の家宅捜索以前に、やはり堀の指示によって「都合の悪い書類もすべて焼却し、パソコンのデータも消去(本宮陳述書)されたこと。だが――。

■遺族の全面敗訴

3月29日、民事訴訟の判決が出された。結果は原告の全面敗訴。豊島夫妻の主張はすべて斥けられ、堀の責任はないとされた。理由。堀は専門的な医療知識を持たず、桂子の病態についての認識はなかったというものである。しかし判決は、事件の誘因となった研修会後の帰途の車中で、堀が桂子を山の家へ来るよう指示した経緯について無視している。また、山の家で桂子の手を握りパワーを送ったことの評価をせず、「手を握っていることがあった」と記述しているだけだ。「好転反応」の客観的機能については一切触れていない。ただ判決は堀の言動について、「堀ないし真光元に過度に依存する誤った期待を抱かせる可能性のある不適切なものであった」と認めた。

桂子の両親の代理人を務めた山口広弁護士はこの点をとらえて、「このような不適切な言辞が難病に苦しむ人にどのような決定的な影響をもたらすかについて、(判決は)決定的な認識不足」があると批判。また、母娘が掘のいる「山の家」ならば大丈夫だと「誤信」したことについて、それを「法律的に堀の責任と見るか、誤信することの予見はできなかったとして少女や母親の責任に帰するか。判決は後者を選択する重大誤りを犯した」と断じている。

母親は判決後の記者会見で語った。

「堀を信じて(医療拒否のため)何人か亡くなっている事実がある。もうこれ以上の被害者がでることは耐えられません」

豊島夫妻は控訴した。(文中敬称略)

(『仏教タイムス』2010年4月15日付紙面より・小見出しは本紙作成)
……………………………
ふじた・しょういち/1947年東京生まれ。大正大学卒(宗教学専攻)。フォトジャーナリスト、日本写真家協会会員。現代宗教、カルト、山岳信仰、民俗宗教、宗教と政治など宗教取材に従事している。著書に『行とは何か』『熊野、修験の道を往く』『宗教事件の内側』など多数。

本連載は「週刊仏教タイムス」に連載中の「まいんど マインド Mind」を、同紙と筆者の藤田庄市氏のご好意により再掲載させていただいているものです。本紙での再掲載にかんする責任はすべて本紙にあります。問合せ・意見・苦情等は、「やや日刊カルト新聞」編集部(daily.cult@gmail.com)までお寄せ下さい。

◇ ◇ ◇
現在、記事にある両親は最高裁に上告中で、最高裁宛の嘆願書への署名を呼びかけています。

本来なら、署名活動を行なっている両親の連絡先を掲載すべきところですが、プライバシー等、諸般の事情で掲載できないため、裁判を担当している事務所の弁護士名を連絡先として掲載します。署名にご協力いただける方は、下記に問い合せてください。

弁護士 山口広
東京共同法律事務所
〒160-0022
東京都新宿区新宿1丁目15番9号 さわだビル5F
電話:03-3341-3133


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15 コメント:

匿名 さんのコメント...

医療従事者としては、保護者に対して医師からどのような説明がなされていたのか、また保護者と主治医の関係はどうだったのかが気になります。裁判の中で主治医は証人として質問されなかったのでしょうか。

記事の中で父親のことが出てきませんでしたが、娘の奪還は難しいとしてもインスリンを持って行くとか、教祖に1型糖尿病の問題点を説くとか、弁護士や公的機関に連絡するとかできなかったのでしょうか。

関係者の中の誰か一人でも気付けば、最終的な不幸にまでは至らなかったのではないかと残念でなりません。

匿名 さんのコメント...

たしかに悪い宗教もある。


やや日は、
戦後の宗教を裏側に閉じ込めようとする左翼唯物論の台頭による「宗教毛嫌い」ではなくて、
「宗教の内容に踏み込んでいる点」

やや評価できるね。


ただ、如何せん、
「良い宗教」と「悪い宗教」をどう区別するか、できるかという点についての価値判断においては、
やや日の論評が、やや唯物論的発想に傾いていることは、残念な点です。

ただし、
カルト的に見えているものの中にも、「良いもの」と「悪いもの」があるということを、議論のまな板に乗せる土壌があることは、やや評価できます。

どちらにせよ、
物事には、良いものと悪いものがあるという常識的な判断から言えば、
「良い宗教」と「悪い宗教」があって当然ですし、
一律に「宗教はおかしい」という左翼・唯物論的、あるいはマルクス的な思想、あるいは、無神論的思想は、偏狭な考えであり、また世界の非常識常識であることは、この日本においても、やがて明らかになっていくでしょう。

やや日が、そういう議論を生み出していく土壌になることを願ってやみません。

匿名 さんのコメント...

上のコメント、すいません。一部訂正です。

「世界の非常識」です。



どちらにせよ、
物事には、良いものと悪いものがあるという常識的な判断から言えば、
「良い宗教」と「悪い宗教」があって当然ですし、
一律に「宗教はおかしい」という左翼・唯物論的、あるいはマルクス的な思想、あるいは、無神論的思想は、偏狭な考えであり、また世界の非常識であることは、この日本においても、やがて明らかになっていくでしょう。

SDG さんのコメント...

>やや日の論評が、やや唯物論的発想に傾いている

そうでしょうか?やや日が一律に「宗教はおかしい」と主張している箇所がありますか?

やや日が批判しているのはカルト宗教だけだと思いますが。

一律に「宗教はおかしい」という思想はすでに世界でも日本でも非常識です。

宗教を信じる人も信じない人も、お互いがお互いの信念を尊重する事が大切ですね。

カルト宗教を普通の宗教から区別し、きちんと批判する事は、普通の宗教を尊重する行為でもあります。

大川隆法の守護霊 さんのコメント...

法で裁けないというなら、こういう殺人インチキ教祖は右翼にやられればいいのに。

匿名 さんのコメント...

残念なところは、
何がカルトで、何がカルトではないかという明確な基準がまだないことです。

意見の対立するところでもありましょうから、ここは、やや日に期待しても無理でしょう。

議論の土壌があることだけでも感謝しないといけないかもしれません。

匿名 さんのコメント...

こんなの信じた親が悪いだろ。

素直に病院いかせとけよ。

匿名 さんのコメント...

なんとも、痛ましい話ですね・・

しかし、ここまでくると、証拠がないかもしれないが、犯罪行為。

それにまして、恐ろしいのは、そういった事件があっても、信者は離れていかないこと。

いかに、カルト宗教が信者を逃がさぬためのマインドコントロールが凄いかということかな、

実質、信者を殺したようなもの・・・

匿名 さんのコメント...

匿名 さんは書きました...
>2011年11月16日12:37
>2011年11月16日12:41

大川隆法の受け売りのようですね。
余談ですが、「宗教がおかしい」のではなくて、「幸福の科学がおかしい」ってことを認識して欲しいですね。
表では、「いつも神様に見られてるから恥ずかしいことをしてはいけない」と説法している反面、裏では、北朝鮮のような国家を目指し、神様なんか妄想の世界だと、唯物的生活に執着し、自分達に反対、意見する者は、「10倍にして仕返しせよ」という破壊的カルトの非常識な方々が真面目に?(悪い)宗教について論じていることをとても悲しく思います。

匿名 さんのコメント...



あなたも、平気でウソをつく人たちの一人ですか。

残念です。

匿名 さんのコメント...


>2011年11月16日23:30

幸福の科学の元信者ですから、書き込みする以上は、嘘は書きませんよ。

嘘を書いても何のメリットもないですから。

匿名 さんのコメント...



ぜんぜん、論理的な理由になっていませんよ。

さらに、

じゅうぶん、ウソ書いてますし。

匿名 さんのコメント...

宗教には「心を救う力」があるのかもしれない。
しかし「体を救う力」は宗教には全くない。
それが厳然たる事実だ。

病気や体の不調を
祈りや修行、壺やお札などで治すという宗教は
すべてが「インチキ」だ。すべてが「カルト」だ。

この点に関して「良い宗教」などは存在しない。

匿名 さんのコメント...




すごい決めつけですね。

この人の思考のほうが、

閉鎖的という意味で、

カルト的ですよ。

SDG さんのコメント...

2011年11月17日11:27の匿名さん

心は体の一部であり、不可分なものです。

「病は気から」「ストレスは万病の元」と言いますし、心理療法、プラセボ効果というものも科学的に証明されています。

ターミナルケアにおいては死に対するストレスを軽減する目的で宗教的ケアが行われる事もあり、その効果も実証されています。

ただし「祈りや修行、壺やお札などで治す」というように、あたかもそれらが直接的に作用するものであるかのように騙る事は問題でしょう。

何かを信じる事でストレスが軽減し、ストレスの低減により、免疫力が向上したり、病気が治ったりするという、間接的な作用である事をきちんと示す必要があります。

患者の気の持ちようの問題であり、当然高額な料金が必要となるはずはありません。