会内での反トランス・ジェンダー文書配布、日本脱カルト協会が不問に

滝本氏が日本脱カルト協会で配布した文書

　今年2月に「日本脱カルト協会」（JSCPR）が開催した会員向け会合の会場で、滝本太郎弁護士が「性自認至上主義は、カルト的な思想運動である」と題する文書を配布した。主に、出生時には男性と割り当てられ女性としての性同一性をもつ「トランス女性」について、その権利確立を主張する運動を「カルト的」「マインド・コントロールの手法を使っている」などとする内容。

　同文書については、本紙がLGBTQ関連の当事者や識者等の協力で問題点を指摘するコメントを添えた全文を、すでに公開している。JSCPR会員の1人は本紙の取材に対して、「こんな差別文書が配布されるようでは、会員の安全が守られないのではないか」と語った。一方でJSCPR理事会は本紙の取材に、滝本氏への処分等は行わない意向を表明。滝本氏からは取材への回答はなかった。

■カルト問題論の基本を無視した文書

滝本太郎氏

　JSCPRは通常、全会員を対象とした2日間の非公開の大会を年に2度、開催している。滝本氏による文書が配布されたのは、今年2月24、25日に2日連続で開催された「春季大会」の1日目。会合終了後に、文書作成者である滝本氏自身が会場内で配布した。

　何人程度の会員が受け取ったかは不明。ある会員は「受け取ったが、内容を見たら気持ち悪かったので捨てた」と話す。

　本紙は、文書を受け取り保管していた会員から提供を受けた。その内容は、トランス女性のあり方や権利確立を〈性自認至上主義〉と呼び、〈マインド・コントロールの手法〉を用いた〈カルト的な思想運動である〉（いずれも原文）とするもの。滝本氏が事務局を務める「女性スペースを守る会」の関連ウェブサイトのURLも記載されていた。

　JSCPRはもとよりカルト問題に取り組む識者の団体や会合等ではこれまで、LGBTQ関連の運動をカルト視する議論はなされたことはない。カルト問題に詳しいジャーナリストの藤倉善郎氏の解説。

「専門家の間ではそもそも、カルト問題は思想の正否ではなく人権侵害行為の問題と捉えられる。仮に、ある団体をカルト、カルト的とみなしたとしても、関連分野や思想そのものをカルト扱いすることは基本的にない。当たり前だが、〝新宗教は全てカルト〟〝共産主義運動はカルト〟〝保守運動はカルト〟といった雑な一般化はしない。この原則は、特定の信仰、イデオロギー、政治的党派性に左右されないカルト批判を維持する上でも重要だ。文書のタイトルだけ見ても、滝本氏はこうしたカルト問題論の基本を全く理解していない」

　滝本氏は、2021年まではJSCPRの理事も務めていた。記者会見でオウム真理教教祖・麻原彰晃の長男から自身が殺害予告を受けているとするデマを口走ったことが原因で引責辞任した。

■ジェンダー論部分にもツッコミ多数

　本紙では、LGBTQ関連に詳しい人々に協力を依頼し、同文書の問題点を指摘する逐次コメントを寄せてもらった。文書の大前提となる「性自認至上主義」についてだけでも、「滝本の造語である」「日本精神神経学会が性同一性障害の診断のガイドラインに使用している科学的な用語である」といった指摘がなされている。

滝本氏が配布した文書と逐次コメント

　滝本氏の文書は性自認を、〈いうまでもなく主観的かつ曖昧な概念である〉とし、事実上、単なる「性自称」として扱っている。その上で、当人がトランス女性であると自称しさえすれば、それだけでトイレでも風呂でもスポーツでも刑務所でも、あらゆる場面で女性として扱われるようになる、あるいはそういう社会を目指している、かのように主張する。

　一般的に「性自認」とは「ジェンダー・アイデンティティ」の訳語として用いられる概念だ。これには当人の生活スタイル等も左右される。だからこそ社会生活上の困難が伴うのであり、単なる自称の問題ではない。

　またトランス女性は犯罪者予備軍でもない。今年6月に国会で成立した「LGBT理解増進法」は様々な議論があったが、そこで当事者や支援者、立憲民主党などの野党側が求めたのは差別の解消だ。成立した法案も野党案等も、トランス女性であることを理由に従来犯罪とされる行為（男性器のある人物が女性用の浴場に入る等）を犯罪でないことにする内容ではない。

　統一教会、その分派であるサンクチュアリ教会、幸福の科学などによるLGBTQヘイト問題も取材してきたジャーナリストの藤倉善郎氏は、こう語る。

「女性用の公共スペースやスポーツ等に関する議論やルール作り、犯罪防止策の必要性は、もちろん否定しない。しかし性自認をただの自称であるかのように扱うのも、トランス女性を犯罪予備軍であるかのように扱うのも、実態にそぐわない偏見そのもの。滝本氏の文書は〝差別文書〟、配布は〝差別の扇動〟ではないか」

　JSCPRには、約200人の会員がいるとみられる。

「これだけいれば、その中にもLGBTQの人がいる可能性はある。会合の場でこんな差別的な文書が配布されるようでは、JSCPRの人権感覚が疑われる。それ以前に会員の安全すら守られないのではないか」（藤倉氏）

■JSCPR理事会は滝本氏を不問に、再発防止もせず

西田公昭代表理事

　本紙が、JSCPRに取材のため質問を送ったところ、西田公昭代表理事・久保内浩嗣事務局長連名で回答があった。それによると、滝本氏による文書配布を事前には「知らなかった」とした。その上で、滝本氏の処分や注意等は行っていないとした。

〈当会は、各会員の個人間の交流について、把握する立場になく、また、注意、処分する立場にないためです。〉（回答書より）

　同じ理由で、再発防止も行わないという。

〈前記２のとおりですので、当会は、各会員の個人間の交流に対して、事前に何らかの措置を講じる立場にありません。〉（同）

　JSCPRと女性スペースを守る会の事務局同居問題の今後については、〈セキュリティの観点でお答えいたしかねます〉（同）とした。

本紙が送付したJSCPR宛質問全文
本紙が送付した滝本氏宛質問全文
JSCPRの回答全文

■問題行為が次々「やっていいこと」に変わる団体

　滝本氏はJSCPRの前身である日本脱カルト協会（JDCC）で2003年に、会合の打ち上げの席でカルト脱会者の女性にチークダンスを強要したとして、被害女性からセクハラ被害を申し立てられた。理事会は「行為はあったがセクハラには当たらない」として、不問とした。

　2018年には、滝本氏は、複数の会員についてのデマを理事会のメーリングリストや会員のメーリングリスト、自身のブログに投稿し、被害者の1人である会員から除名を申し立てられた。理事会は、これら全てについて滝本氏を不問に。このうち滝本氏が理事会内で流したデマについては、理事会は「自由闊達な議論」と称した。

　滝本氏が事務局を務める「女性スペースを守る会」は2021年に、統一教会系メディアである世界日報社のライター・日野智貴氏を含む複数と共同声明を発し、共同記者会見には滝本氏も同席した。滝本氏がJSCPRの事務局でもあることから、滝本氏によって、統一教会系メディアのライターと共同声明を発している団体と、カルト問題に取り組むJSCPRの事務局が同居する事態となっている。

　JSCPR理事会は2022年、記者会見についてのみ滝本氏を注意。事務局が同居状態にある点については、「滝本氏は女性スペースを守る会用に使うパソコンと当会用のパソコンを使い分けており情報漏洩はないと言っている」という理由で不問とした。統一教会問題との関連について、パソコンを使い分けていれば問題ないとするのは、カルト問題に取り組む団体が発した見解としては史上初とみられる。

　会員の人権等に関わるものだけに限っても、チークダンス強要は「セクハラには当たらない」、会員を名指ししたデマは「自由闊達な議論」。そして今回、差別的な文書の配布は「各会員の個人間の交流」という見解が加わった。

　JSCPRで滝本氏にデマを流され除名を申し立てたことがある会員が、匿名を条件に応じた。会の内情を外部に漏らすことが除名の口実にされる危険があるからだ。

「JSCPRでは、滝本氏が問題を起こし理事会が正当化するたびに、社会一般では不当だったり望ましくなかったりする行為が、JSCPR内ではやっていいこととして次々と付け加わっていく。JSCPRそのものが人権に逆行する無法地帯になっており、今なおその深刻化が進行している。とてもじゃないが、入会等を人様にお勧めできる状態にない」（匿名を条件に取材に応じた会員の藤倉善郎さん）

　JSCPRの会員メーリングリストは理事会による事前検閲制となっている。今回、本紙は、理事会宛の取材依頼書を会員メーリングリストにも同時送信したが、配信されなかった。この記事も、掲載後にURLを会員メーリングリストに投稿してみる。

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