3月22日まで東京・台場で開催されていたワールドメイト教祖・深見東州氏のバースデーイベントに、祝花・祝電を贈ったり来場や挨拶をした現職国会議員が12人いたことが、本紙の取材でわかった。うち、自民党が最多の9人を占めた一方で、昨年のお誕生会では単独過半数を占めていた立民系議員が全滅。先の衆院選での中道結党後に健全化された形だ。しかし識者は「衆院選で立民系議員が大量落選しただけだろ」と冷ややかだ。
また今年は参政党議員(和田政宗氏)の参加もあった。和田氏を含めた議員らの挨拶では、2022年に殺害された安倍晋三元首相と深見氏が親しい関係にあったことを伺わせる発言も相次いだ。会場にはゆうこく連合の原口一博氏の姿もあったが、祝花も贈らず登壇での挨拶もせずに会場を後にしていた。
■菓子パンを奪い合う信者たち
イベントは、3月18日から22日の5日間、台場の「ヒルトン東京お台場」で開催された「第26回 深見東州バースディ個展 深見東州、海辺のビックリ個展」。深見氏作の書画の展示のほか、時計や宝飾品の展示即売会が回帰を通じて行われ、日替わりでトークショーなどの催しも行われる。さらに毎日、先着順の数量限定で無料弁当が配布され、会場内で無料のパンやドリンクも食べ飲み放題だ。
| 高すぎて、つい中指が |
まるで催眠商法会場のような雰囲気は、今年も同様だった。信者と思しき大量の来場者でごった返し、平日500食、週末1000食限定の無料弁当はあっという間に品切れ。会場内に置かれる菓子パンもすぐになくなった。スタッフが補充しようとすると、信者たちが他の信者を突き飛ばしながら殺到し、奪い合った。本紙記者も突き飛ばされた。
■教祖や細川たかしや鈴木杏樹と写真を撮れる
会場の雰囲気に加え、購入金額に応じた特典でも信者たちの購買意欲を煽る。100万円以上を購入すると深見氏との2ショット写真を撮れる。また会期中のイベントに出演する芸能人との集合写真も特典になっていた。今年は、歌手の細川たかしと女優の鈴木杏樹だった。
他にも、合計50~150万円の購入で深見氏と一緒に奥多摩への1泊2日温泉旅行に行ける特典や、現金決済で合計50万円、300万円、500万円、1000万円といった購入金額ごとにマフラーやバスタオルなどの深見氏グッズをもらえる特典もあった。お誕生会の開催期間外も合計金額に含める表記がなされていることから、お誕生会以外の場面でも信者たちにこうした商品購入をさせていることがうかがえる。
来場者たちはさぞやお金持ちの皆さまなのかと思いきや、そうとも限らないようだ。本紙記者の背後で信者同士が「時間をやりくりしてタイミーでアルバイトをしている」などと言い合っている場面もあった。疲れたのか多額の出費に打ちのめされたのかわからないが、会場の隅に座り込み頭を抱えている年配女性信者の姿もあった。
■教祖誕生会に群がる政治家ども
毎年、この狂ったイベントに祝花を贈ったり開幕式に登壇したりする政治家たちがいる。昨年2025年のお誕生会には、現職の国会議員だけでも24人。うち立民所属は13人で、自民党所属の6人の2倍以上で、単独過半数を占めていた。
2022年参院選の際に安倍晋三元首相が殺害されて以降、統一教会(現・世界平和統一家庭連合)の問題がクローズアップされ、野党は自民党と統一教会との関わりを批判してきた。それでいて、最大野党だった立民は、所属議員がワールドメイト教祖の誕生会では単独過半数を占めており、「お前が言うな」状態となっていた。今年は、国会と教祖お誕生会との「ねじれ」が解消され、立民・中道については健全化された形だ。
深見東州氏のお誕生会に詳しいジャーナリストの藤倉善郎氏は、こう分析する。
「先の衆院選での中道の立民系議員が大量落選したことで、自動的に立民系のワールドメイト議員が全滅しただけだろ」
実際、自民党議員は前年比3人しか増えておらず、立民系は13人減。これに伴い、現職国会議員の数自体が半減した。また元職も含めた合計では、自民党所属は11人(2025年は9人)、中道・立民所属は14人(2025年は立民のみで16人)で、依然として中道・立民が上回っている。
■安倍晋三元首相の名も
もともと立民のワールドメイト議員は小沢一郎・元衆院議員(中道)のグループが目立つ。その小沢氏自身、深見氏のお誕生会では常連だ。今年も挨拶に立った。
「先般の選挙におきまして、56年2カ月ぶりに敗軍の将になりました」
次に挨拶に立ったのは、平沢勝栄・衆院議員(自民)。「選挙に負けない方法を知っていますか。答えは簡単なんですよ。選挙に出なければいいんですよ」と言い放ち、笑いを誘った。
安倍晋三・元首相の名も挙がり、安倍氏と深見氏の関わりの深さも垣間見えた。
世耕弘成・衆院議員(無所属)「深見先生にご挨拶させていただくのは、今日が初めてです。もともと安倍先生からよくお話を伺っていました」
和田政宗・衆院議員(参政党)「もともとは安倍晋三総理から、『素晴らしい方がいらっしゃるからご挨拶に行きなさい』ということで(深見氏との)ご縁をいただきまして、そこからご指導を賜っております」
昨年は開幕式に登壇した原口一博・元衆院議員(ゆうこく連合)も来場していたが、祝花も登壇挨拶もなし。マスクを着けた来場者と記念撮影をしていた。
◇2026年の深見東州氏バースデーに関わった政治家ども
※元職は現職時代の最終所属党派を記載
・祝電紹介
下村博文(衆=自民)
鈴木貴子(衆=自民)
末松義規(元衆=中道)
・登壇挨拶
平沢勝栄(衆=自民)
鈴木宗男(衆=自民)
世耕弘成(衆=無所属)
前原誠司(衆=維新)
和田政宗(衆=参政)
亀井静香(元衆=無所属)
小沢一郎(元衆=中道)
・祝花
下村博文(衆=自民)
鳩山二郎(衆=自民)
西村康稔(衆=自民)
北神圭朗(衆=自民)
宗清皇一(衆=自民)
世耕弘成(衆=無所属)
前原誠司(衆=維新)
和田政宗(衆=参政)
浅尾慶一郎(参=自民)
野沢哲夫(千代田区議=維新)
高村正彦(元衆=自民)
大西宏幸(元衆=自民)
木内孝胤(元衆=維新)
末松義規(元衆=中道)
城井崇(元衆=中道)
杉村慎治(元衆=中道)
岡島一正(元衆=中道)
佐藤公治(元衆=中道)
牧義夫(元衆=中道)
多ケ谷亮(元衆=中道)
西川将人(元衆=中道)
末次精一(元衆=立民
水野素子(元参=立民)
川島智太郎(元衆=立民)
樋高剛(元衆=立民)
亀井静香(元衆=無所属)
石関貴史(元衆=無所属)
米長晴信(元参=無所属)
舛添要一(元都知事=無所属)
・来場
原口一博(元衆=ゆうこく)
松木謙公(元衆=中道)
下地ミキオ(元衆=無所属)


64 コメント:
イベントの雰囲気が参政党みたいですね
魑魅魍魎議員ばかり
ワールドメイトは、傘下に皇大神社という神道グループや世界芸術文化振興協会などを抱える任意団体なのだが、
これまでに「コスモメイト」「パワフルコスモメイト」「コスモワールド」と名称を幾度となく変え、宗教行事をかたった詐欺的な商法で問題になったことがある集団。
事実、コスモメイト時代には64億円の所得隠しを指摘され、悪質な所得隠しに適用される重加算税を含めた約30億円を追徴課税されている。
おまけに、93年3月には強制猥褻行為を受けたとして、元社員が深見氏を本名の半田晴久で横浜地裁に提訴。
氏はすぐさま和解金を支払い和解したが、セクハラはこれだけではないとの指摘もある。
井上トシユキ
(サイゾー2000年5月号掲載)
ワールドメイトって、例のみすず学苑の人のところだけど、ちょっと調べたら宗教法人の認可がずーっと下りなくて、やっと下りたのが2012年の民主党政権下。
そう考えると立憲民主党への献金の多さも…なんつって。
ちなみに霊感商法の被害相談件数も紀藤弁護士によると旧統一教会に次いで多いそーな。
https://x.com/cynanyc/status/1556631714679517184?lang=ja
霊感商法のワールドメイト 元会員、弁護士ら 被害救済ネットを結成
宗教団体ワールドメイトとそのグループによる被害が深刻だとして弁護士、元会員らが「ワールドメイト被害救済ネット」を設立し二十六日、東京で総会を開きました。
ワールドメイトはオウム真理教、幸福の科学らと同時期に旗揚げ(当時はコスモメイト)した団体で主催者は半田晴久(深見東州)氏。
除霊や救霊の“超能力”や、それを素材にしたイベントなどで勢力を伸ばしました。
株式会社コスモワールド、たちばな出版、皇大神社や旅行代理店、うらない喫茶、予備校などの関連団体があり、会員が「六千五百万円を詐取された」と訴えた事件や多額の所得隠しで三十億円追徴課税(係争中)などの事件でも知られています。
総会で紀藤正樹事務局長(弁護士)は、同会により霊感商法の被害、精神被害、家族の被害や、批判者への訴訟など外部攻撃による被害があると報告。
元会員の男性らは
「会員は、悪霊を除かないと救われないと言われて救霊を受け、さらに霊はとれても業は払えないと不安をかきたてられ、より高額の玉ぐし料をはらうようにさせられる」「地下鉄サリン事件直後、オウムの仕業ではないと教えられていた」
などと語りました。
しんぶん赤旗 2002年8月27日号14面
5chのリンク先をnetからioに修正しておきました
深見東州 深見青山 半田晴久
https://rio2016.5ch.io/test/read.cgi/psy/1720102802/
深見東州 深見青山 半田晴久★2
https://rio2016.5ch.io/test/read.cgi/psy/1749528524/
ワールドメイトってどんな団体? part16
https://rio2016.5ch.io/test/read.cgi/psy/1756703196/l50
ワールドメイト深見東州半田晴久
https://fate.5ch.io/test/read.cgi/spiritual/1453023833/
ワールドメイト深見東州半田晴久 2
https://fate.5ch.io/test/read.cgi/spiritual/1733191275/
ワールドメイト深見東州半田晴久 3
https://fate.5ch.io/test/read.cgi/spiritual/1748292358/
「教祖にわいせつ行為を受けた」新興宗教の女性元会員2人提訴
毎日新聞1993年3月18日付朝刊
神道系の新興宗教団体「コスモメイト」(本部・東京都杉並区)の女性元会員二人が「教祖にわいせつな行為を受けたうえ中傷され、精神的損害を被った」として十七日、教祖の深見青山氏(四一)=本名・半田晴久=を相手にそれぞれ五百万円の慰謝料と新聞への謝罪広告の掲載を求める訴訟を横浜地裁に起こした。
訴えによると、東京都杉並区の女性(二八)は深見氏の元秘書で、昨年十月十七日深夜、本部で深見氏のマッサージをしていたところ、強引に体を触られた。
横浜市の女性(三一)は昨年七月十五日早朝、同本部で退会を告げようとしたところ突然押し倒され、わいせつな行為を受けた、としている。
コスモメイト側は「全くの事実無根。訴状を見てから対策を考えたい」と話している。
女性は知らぬ間にワールドメイトの信者になっていた。
「友人に、恵まれない外国の子供への寄付を頼まれ、手続きをしたら準会員費として引き落とされた」
週刊ダイヤモンド 2018年10/13号
西馬込駅周辺のことについて
度々書いている者なんですけれども、ついに駅の外でも不審者に遭遇しました。
改札を出てまっすぐ進んだ先にある坂の中腹なんですけど、
・身長170cm代、紫色のジャンパーとジーンズ
・髪は茶髪、角ばった顔、黒縁の眼鏡の男にわざと咳されました。
時間は今日の18時ごろ、その後フィットネスクラブの横を通って、テニスコートが横にある大通りに出ていきました。
「全部聞こえていますよ」と言ったのですが効いていなかったようです。
西馬込駅を通る地下鉄A草線は車両内に「強運」等の書籍の広告を掲載していますが何か関係あるのでしょうか?
そういえば西馬込駅、3月21日に何かあったの?
https://search.yahoo.co.jp/realtime/search?p=%E8%A5%BF%E9%A6%AC%E8%BE%BC+&aq=-1&ei=UTF-8&ifr=tl_sc
8時36分の時点でダイヤが乱れていたらしいけど、
北総行きの列車がやけに混んでいる とか
意識を失った とかツイートしている人側いたみたいで
神道系の団体なのに、立憲と癒着していたのは意外
【注意喚起】
昨年度の誕生日会に関する記事と、親鸞会に関する記事で、海外の方の名前で書き込まれたコメントがあります。
もちろん私たち日本人と同じように宗教問題を憂いて書いていらっしゃる方が大半ですが、中には名前をクリックするとカジノ関連のサイトに誘導されるコメントがありました。
お使いのPCやスマホによっては、間違えて名前のところにカーソルを置くとそのサイトにアクセスしてしまうかもしれないので気をつけてください。
0:30 追記
blogspotの方ややや日刊カルト新聞の読者の方が対応してくださったのか、本人が自主的に削除したのか分かりませんが、当該コメントが消えていました。
In the articles about last year's birthday party and the Shinran-kai, there were comments written under the names of people from ko*ea.
Of course, the majority of these people are writing out of concern for religious issues, just like us Japanese, but some comments, when clicked, lead to casino-related websites.
Depending on your PC or smartphone, you may accidentally access the site by hovering your cursor over the name, so please be careful.
0:30 Update
I'm not sure if it was because someone from blogspot or a reader of the Daily Cult Newspaper took action, or if the person in question deleted it voluntarily, but the comment in question has disappeared.
>2026年3月24日 18:55
恐らくその男が向かった先は環七ですかね
付近は公立の中学校が2つあるので、あまりガラが悪い人間には立ち寄ってほしくないエリアなのですが
こういう輩って区の不審者情報に乗せられないんですかね?
ご投稿ありがとうございます。駅の外で、そのような不快かつ不安を感じる体験をされたとのこと、非常にお辛かったこととお察しいたします。
お書きいただいた内容は、明らかな嫌がらせ(わざと咳をする行為)であり、今後のエスカレートも懸念されます。身の安全を守るため、以下の対応をご検討ください。
1 警察への通報・相談
緊急の場合(その場にまだいるなど): 110番
後からの相談・情報提供: 最寄りの警察署、または警察相談専用ダイヤル「#9110」へご連絡ください。
ご記載いただいた「日時、場所、特徴(紫ジャンパー、茶髪、角ばった顔、眼鏡)、逃走方向(フィットネスクラブの横、大通り)」を具体的に伝えてください。警察が周辺の防犯カメラ映像を確認する可能性があります。
2 周辺環境への警戒
しばらくの間、なるべく明るく人通りの多い道を選んでください。
もし再び見かけた場合は、近づかず、すぐにコンビニや店舗などの安全な場所に避難してください。
このテの「霊感商売」では、統一協会が有名です。これまで、全国各地で訴訟沙汰となり世間を騒がせてきました。
さらに、占いとの絡みでは「ワールドメイト」という霊能を売り物にしている団体が、訴訟沙汰のトラブルを起こしていることにも注意を払っておく必要があります。
94年には、コスモメイト(当時。現在ワールドメイトと名乗る)の会員が、主宰者の深見東州さんを相手取った訴訟が短期間に二件続きました。
五月には「この家はひどい所に建っている」とされ、「『救霊師』資格を得るための玉ぐし料」「除霊」「御神事」などの名目で約8000万円を支払わされたと、慰謝料など賠償請求がありました。
翌月には「子どもがいじめられる原因は水子の霊」とされ「除霊」費用に5000万円をだましとられたと。損害賠償請求が起こされました(いずれも東京地裁)。
https://w.atwiki.jp/wmdata/pages/13.html
https://news.yahoo.co.jp/articles/db970307ebd67e973d9b9e3832acfb83418f2b2a
東京・大田区の住宅で火災 1人逃げ遅れか
3/26(木) 16:06
東京・大田区で火事があり、1人が逃げ遅れているとの情報があります。
午後3時すぎ、大田区池上(いけがみ)にある2階建て住宅から火が出ました。
写真 赤い屋根の住宅から炎と白煙が噴き出ている様子
東京消防庁によりますと、ポンプ車など39台が出動し現在も消火活動が続けられています。
1人が逃げ遅れているとの情報もあり、警視庁と東京消防庁が確認を急いでいます。
テレビ朝日報道局
https://news.yahoo.co.jp/articles/db970307ebd67e973d9b9e3832acfb83418f2b2a/comments
ski********1時間前
大田区蒲田で仕事中だが
この火事と関係あるか分からないけど
お昼前後にやたらけたたましくサイレンが鳴り響いていた
ここ最近火事のニュースが多いね
無事だと良いけど
rei********24分前
いまも又消防車と救急車いっぱい行ったよ。徳持小学校のそば。
https://blog.goo.ne.jp/muratorid/e/25d39c4c3b3681ae279d3bb5c5eec432
聖書の言葉を思い巡らす 様
よくわかる福音派、ファンダメンタリズム、聖書無謬説
『聖書信仰《上》』(著:藤本満)を読み終わった。福音派やファンダメンタリズムの歴史が丁重に解説されていたので、自分の勉強がてらおおざっぱにまとめておきます。参考にした箇所には Kindle での位置を「位置 + 数字」の形式で書きました。
用語の意味
福音派
福音派と一口に言ってもかなりの幅がある。注意すべきは、ルター派や改革派とならんで「福音派」という教派があるわけではない。むしろ福音派はプロテスタント諸派の中にあって、ルター派や改革派を包括しつつゆるやかな特徴でまとめられるものだ。
ベビントンは福音主義の特色を次のようにまとめている(位置65)。
回心 ・新生主義
行動主義 (伝道と慈善)
聖書主義
十字架と信仰
回心主義と行動主義は、18世紀の敬虔主義や信仰復興運動から引き継いだ。聖書主義は16世紀の宗教改革のスローガン「聖書のみ」と無関係ではない。とはいえ、宗教改革でルターが言った「聖書のみ」は教会の権威に対立するものとしての問題意識があったが、聖書主義が硬化するにつれて聖書無誤説が生まれていった。
聖書主義は福音派の特徴のひとつだが、福音派内の聖書主義にも揺れや幅がある。新福音主義なんかは聖書無誤説をとらないし、高等批評を受け入れている場合もある。
ところで、福音派を強く批判する人がネットにはいるが、そういう人はたいてい福音派というよりは「ファンダメンタリズム」や「聖書無誤説」を批判している。個人的には「福音派」というと主語が大きすぎると感じる。大鉈振り回して無関係な人までも不要に傷つけたくないなら、批判する対象を明確にしたほうがいいと思う。
高等批評学
聖書の各文書が、いつ、どこで、誰によって書かれたかを決定しようとする学問。要するに聖書を「人間の書」として文献学的に研究する。しばしば伝統的な理解とは異なる結論を出す。パウロの手による手紙とされてきたテモテへの手紙の著者はパウロではなく、無名の誰かがパウロの名を冠して書いただとか。
ファンダメンタリズム
特にアメリカの福音派内での過激な主義。進化論を公教育で教えるべきではないとして裁判を起こしたりする。教理的な主な特徴は以下。
聖書無誤説
ディスペンセーション主義
19世紀の進化論と高等批評の研究が進むにつれて、それに対する危機感から、態度が硬化していった。ファンダメンタリズムとしては「高等批評に対する反動」と言われるのは嫌なようで、高等批評と無関係に聖書無誤説を支持しているわけではないとされている。が、実のところ19世紀までは現代のファンダメンタリズムほど強固に「字義通りの聖書解釈」をしてはいなかった。天地創造の6日間における1日が文字通り24時間であると考えられるようになったのは、20世紀以降らしい。
聖書無誤説
逐語霊感説ともいう。「聖書は神学的誤りのみならず、歴史的 、地理的 、科学的誤りからも完全にまぬかれている」(位置1932)という考え方。
ファンダメンタリズムの形成
福音派形成の歴史をみると、中心となるのはアメリカだ。19世紀のアメリカ、プリンストン神学校の影響が大きかったようだ。プリンストン神学はカルヴァン派神学の「理性主義的神学的手法とア ・プリオリな聖書信仰」(位置472)の影響を受けて、聖書無誤説をとなえるようになった。はじめは現存する聖書の写本も神の霊感を受けて守られ保存されてきたと考えられてきたが、高等批評学が無視できないほど進むようになると、「原典において」誤りがないと言われるようになった。
あと出しじゃんけんじゃん。
と思った。まあ、ある意味で、高等批評学の成果を取り入れて、聖書の具体的にどの部分が神の霊感を受けているのか範囲を明確にしたとも言える。
1920年代以降になると、聖書無誤説はプリンストン神学からファンダメンタリズムへと道をゆずるようになる(位置520)。そのあと新福音主義とかが出てきて聖書無誤説ではなくもっと柔軟に聖書を読もうよという動きも出てきたが、ファンダメンタリズムはもう引き返せないほど態度硬化して、「聖書無誤説を受け入れない者は福音派と名乗るべきでない」と主張する人まで出てきた。
聖書無誤説の問題点
1. 演繹法
聖書無誤説は簡単な演繹で導かれる。
神は真理であって 、神の言葉には誤りがない。
聖書は真理の神の言葉である。
したがって 、聖書(神の言葉)には誤りがない」(以上、位置2004)
演繹から導かれるものである以上、そこから先の論理は聖書を読まなくてもわかる。互いに食い違っている聖書箇所があればそれが調和するように解釈する。どうしても調和できなければ問題を先送りして、原典研究が進めばうまく解釈できるようになると希望をもつ。
だけど、信仰には多分に経験的なところがあるから、経験を無視してはいけないよね。
2. 命題的な読み方
教理を命題として表現する。そこで、いかにして矛盾なく命題を取り出すかという聖書の読み方を重視するようになる。
だけど、聖書はもっと多様な書かれ方をしている。物語的な読み方を見落としてはいけないよね。
3. 理性主義
客観的に、理性をもって聖書を読む。それ自体は良いことだ。個人の感情で好きなように解釈したら変な方向に行くこともあるから。
だけど、人が信仰に入るのってそもそも個人的な恵みの体験から始まるじゃん。体験を軽視してはいけないよね。
4. 排他性
これは聖書無誤説というかファンダメンタリズムの問題点だが、「自分たちの信仰こそが聖書信仰であって 、他のものは凡て自由主義であるという感覚」(位置1941)がある。聖書無誤説が自分たちのグループの正当性を裏付ける決定的な論になるとき、キリストの十字架や復活よりも聖書無誤説を重視することになるまいか。
5. 社会問題からの逃避
演繹的推論と命題的な読み方を組み合わせた結果、現実に社会で起きる問題に対して硬直した原則からしか答えを語れなくなっている。新福音主義はこの辺に問題意識を感じて、現代社会にも通用する神学を提供しようとした。
感想
福音派もファンダメンタリズムもアメリカの歴史的文脈の中で育ってきたものだから、日本で広まるとは限らない。日本は日本の問題意識の中で神学を育てていけたらいいんではないかと漠然と思う。
https://blog.goo.ne.jp:443/nobolook47/e/7e5fcc434d2aa0f34df4b69df7ebcb54
諸行無常なる日々 或いは鬼渡神と神々の源流。 様
神道の根本。「怨霊には武神、仏教、乱暴者」。或いは瀬織津姫を調伏する素戔嗚尊。その2
続きです。話を好間に戻します。
この好間ですが、元々は好嶋と称されていたみたいです。でも私は「ヨシ嶋」だと考えます。
ヨシは河川や湖沼等、水辺に生えるイネ科の植物です。福島県の「福島」も元々は「浮島」。
そう、昔の福島県は浮島が並ぶ湿地帯だった。好間もヨシが生えた島。水辺の湿地帯だから、頻繁に洪水に悩まされていた。
洪水を発生させる神は誰か。会津磐梯山の頂上に祀られる手長足長もそうだと言えるが、大まかに言えば水神です。そして水神の代表格なのが瀬織津姫。
これは大抵の神道の神に言えますが、神は善の部分と悪の部分を持っている。瀬織津姫は水神として恵みの雨を降らせる水神として信仰されている反面、洪水を起こす悪神としての顔を持っている。
ならば洪水を起こして貰いたくない為に瀬織津姫を祀る必要がある。その一つが蛇岸淵だと思われます。
だが、人々はそれだけでは不十分と考えた。瀬織津姫の洪水を防ぐ神が必要。その神は誰が良いか。
私の住む宮城県に2社の荒雄川神社が鎮座しています。
大崎市岩出山の荒雄川神社の主祭神は素戔嗚尊と瀬織津姫。
大崎市鳴子温泉鬼首に鎮座する荒雄川神社主祭神は大物忌主。そして配神として素戔嗚尊と瀬織津姫が祀られています。
この大物忌主に付いて、私は瀬織津姫の別名と考えておりますが、今回はまたの機会に説明します。問題は2社の荒雄川神社に素戔嗚尊と瀬織津姫が祀られているのか。
荒雄川神社は或る意味、荒雄川を御神体とした神社だと言えます。そして荒雄川はその名の通り、ダムが出来るまでは度重なる洪水が発生していた。
それで2社の荒雄川神社が建立されたと言えますが、その目的は水神であり川神・瀧神である瀬織津姫に洪水を起こして貰いたくない。
そしてもう一つ。瀬織津姫の暴走を抑えて貰う神が必要。その神として素戔嗚尊が選ばれて祀られたと考えます。
では何故、素戔嗚尊に瀬織津姫の暴走を抑える力があると考えられるのか。
そのヒントに瀬織津姫は天照大神の荒魂・向津姫にあると思います。
天照大神が荒魂となった記述が記紀に載っています。素戔嗚尊が天上界・高天原の昇られた時、天照大神は戦闘態勢と言うべき鎧を纏って素戔嗚尊と対峙した。その姿は荒魂だと言えます。
そして天照大神は素戔嗚尊とウケヒによって対決。素戔嗚尊に敗れています。
天照大神荒魂・向津姫は瀬織津姫だとされていますが、その説を肯定すれば瀬織津姫は素戔嗚尊に敗れたと言えます。
続く。
大田区の火災で1人お亡くなりになりました。
西馬込の件もそうですが最近わけのわからないことが多すぎです。
警察の方も精一杯やるべきことをしているのでしょうが、もう不審者は一斉に取締まってほしいです。
https://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=419265&id=5575535
2006年に女子高生がゴルフクラブで殴られる事件があったんですね。
しかも西馬込と今回の火災があった場所の中間あたりだそうで
カルトがあるわけでもないのに、何でこんな治安が悪いんだか
https://blog.goo.ne.jp:443/munehemmi/e/ac91ea021f923a666b32f644e0ce7319
五千人に食べ物を与えたイエスの奇跡
https://blog.goo.ne.jp:443/tetsumachi/e/49f7c9e37489dbc2d5a17d1144a3f60e
「隣人を愛しなさい」とは何か
突然すいません
カンパですが、Paypalだけでなく
(振込者の名前を変えられるので)銀行口座への
振込という方法も、出来れば作って欲しいです
大田区の上池台と西馬込は隣接しており、上池台のエリア(特に5丁目付近)は都営浅草線「西馬込」駅が最寄りとなることが多く、通勤や買い物において西馬込駅周辺の施設を共有する生活圏となっています。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090616-00000551-san-soci
東京都大田区などを集団で暴走し、蛇行運転などの危険な運転を繰り返したとして、警視庁交通執行課などは道交法違反(共同危険行為など)の疑いで、大田 区などで活動する暴走族構成員の少年26人を逮捕した。同課によると、少年らは全員容疑を認め、「警察のカメラは性能が良く、マスクをしても顔が分かって しまう」と勘違いして、マスクの下にアルミホイルを巻いて暴走していた。
逮捕されたのは大田区の暴走族「矢口鍾馗(しょうき)」「上池台流勇都(ルート)弐拾(にじゅう)豪鋭斗(ゴースト)」と品川区の「渡美ー頭(トミーズ)」、目黒区の「無法」の15~18歳の少年26人。
同課の調べによると、26人は昨年11月12日午前1時ごろからバイクやオートバイ17台に分乗し、大田区南蒲田の第一京浜や環状八号で、信号無視や蛇行運転などの危険な運転を繰り返した疑いが持たれている。うち、6人は無免許運転の疑いでも追送検された。
同課によると、前日の11月11日は同区周辺の暴走族がたまり場としていた大井埠頭(大田区)が封鎖された「記念日」に当たり、「矢口鍾馗」と「上池台」の少年らは「イチイチ集会」と称して、周辺の暴走族を誘って集団暴走を行った。
https://news.livedoor.com:443/article/detail/30853501/
「言霊は存在する?根拠のない予言が実現してしまうのはどうしてなのか【社会心理学】」
2026年3月27日 9時45分 ラブすぽ
【言霊は存在する?根拠のない予言が実現してしまうのはどうしてなのか
予言を信じた人々の行動によって、現実となる
「予言を実現する」と聞くとすごく難しいように感じますが、実はその仕組みを知ると、我々の生活でつねに起こっているようなことなのです。まずは予言が実現していく過程を見ていきましょう。
ある飲食店を潰したいひとりの男が、その飲食店に関する根拠のない情報を流します。それを聞いた人たちは飲食店に行くのを控え、結果的に飲食店は経営難となり倒産してしまいました。「飲食店を潰したい」という男の予言(期待)が現実のものとなったのです。このように情報を信じた人々の行動によって予言や期待が現実になることを「予言の自己実現」と言います。
ローゼンタールらは、こうした予言や期待を活用した教育実験を行っています。この実験では、ある小学校の1年生から6年生を対象に知能(IQ)テストを行った後、テストの結果とは関係なく無作為に生徒を選出し、教師に「この生徒たちはIQが高かったので、今後成績が伸びます」と告げました。半年後に再び知能テストを行うと、知能が伸びると告げられた生徒たちの成績が実際に伸びたのです。
そのカラクリを解明するために、授業風景を観察してみると、教師がその生徒たちに対して、授業中に接する機会を多めに設け、好意的な態度をとっていたことがわかりました。「成長する」という期待が教育の場で大きな影響を与えていたのです。そして、丁寧な教育を受けた生徒たちは、教師の期待に応えて、成績を伸ばしました。このように期待されている人が、その期待通りに物事を成功させることを「ピグマリオン効果」と呼びます。
出典:『眠れなくなるほど面白い 図解 社会心理学』 監修:亀田達也】
https://blog.goo.ne.jp:443/munehemmi/e/63a3e92f5543cfcae03cba45b95c5d78
富谷教会ホームページ・礼拝説教 様
「神に属する者ー異端(グノーシス)との戦い」 ヨハネの手紙一5章10~21節
2020-09-11 23:08:21
【「わたしたちは知っています。わたしたちは神に属する者ですが、この世全体が悪い者の支配下にあるのです。」(ヨハネ第一の手紙5章19節)
年間標語「キリストのからだである教会のために、おのおのは分に応じて働いて体を成長させ、自ら愛によって造り上げられてゆこう。」(エフェソ4・16)
聖 書(新共同訳)ヨハネの手紙一5章10~21節(新p.446)
説 教 「神に属する者ー異端(グノーシス)との戦い」
本日の聖書 ヨハネの手紙一5章11~20節
10神の子を信じる人は、自分の内にこの証しがあり、神を信じない人は、神が御子についてなさった証しを信じていないため、神を偽り者にしてしまっています。11その証しとは、神が永遠の命をわたしたちに与えられたこと、そして、この命が御子の内にあるということです。12御子と結ばれている人にはこの命があり、神の子と結ばれていない人にはこの命がありません。13神の子の名を信じているあなたがたに、これらのことを書き送るのは、永遠の命を得ていることを悟らせたいからです。14何事でも神の御心に適うことをわたしたちが願うなら、神は聞き入れてくださる。これが神に対するわたしたちの確信です。15わたしたちは、願い事は何でも聞き入れてくださるということが分かるなら、神に願ったことは既にかなえられていることも分かります。16死に至らない罪を犯している兄弟を見たら、その人のために神に願いなさい。そうすれば、神はその人に命をお与えになります。これは、死に至らない罪を犯している人々の場合です。死に至る罪があります。これについては、神に願うようにとは言いません。17不義はすべて罪です。しかし、死に至らない罪もあります。18わたしたちは知っています。すべて神から生まれた者は罪を犯しません。神からお生まれになった方が、その人を守ってくださり、悪い者は手を触れることができません。19わたしたちは知っています。わたしたちは神に属する者ですが、この世全体が悪い者の支配下にあるのです。20わたしたちは知っています。神の子が来て、真実な方を知る力を与えてくださいました。わたしたちは真実な方の内に、その御子イエス・キリストの内にいるのです。この方こそ、真実の神、永遠の命です。21子たちよ、偶像を避けなさい。
本日の説教
ヨハネによる福音書とヨハネの手紙は、用いられている用語や表現などが極めて似ているところから、同じ教会(仮に「ヨハネの教会」と呼んでいる)の中で成立したと考えられています。ヨハネによる福音書は、イエスの十二弟子の一人のヨハネの権威の下に、ユダヤ教の会堂の人達に対してキリスト教の信じる神の独り子イエス・キリストを明らかにするために、紀元80年から後半から90年頃にかけて書かれました。一方、ヨハネの手紙(一、二、三)は、この教会で福音書の読み方について福音理解の誤りが生じ、異端の問題が危機として襲いました。これに対応するために書かれたのがヨハネの手紙です。この手紙は、この教会の指導的位置にあったユダヤ人キリスト者の長老が、真の信仰を土台に教会を再建するため、紀元100年前後に書いた勧告や手紙です。
ヨハネの手紙一は手紙というより勧告であり説教のようなものとして書かれています。ヨハネの手紙二、三は、長老が個人に宛てて書いた短い手紙です。書かれた順序としては、ヨハネの手紙三が最初で、つぎに手紙二、最後に手紙一が、手紙というよりは神学的主張と勧告として書かれたと見られています。手紙三と二は、個人に宛てられた短いものです。
ヨハネの手紙一は、霊的熱狂主義的な異端の輩が教会から出て行った後に書かれています(2・19)。しかし、まだ異端に惑わされ魅かれている者たちもあり、動揺は沈静化していなかったので、その読者たちに、彼らの経験した分裂の神学的な意味を明らかにし、教会に踏みとどまり、正しい福音理解に基づいて教会を再建するよう呼びかけています。
ヨハネの手紙で問題とされている異端とは、グノ―シス派のキリスト者です。グノーシスとはギリシア語で「知識」を意味しますが、グノーシス派は「霊知」という意味で用い、その霊知を持つことによって救われるとする思想・宗教運動が当時ギリシア・ローマの世界に広く広がっていました。その「霊知」をもたらすのが「霊のキリスト」であるとするグノーシス派の影響がキリスト教会の中にも深く浸透していました。
グノ―シス派は次にのような主張をしていました。「真の至高神」から神々が生じたが、その中の一人の神が堕落し、悪神となり、私たちの住む宇宙を創造した。そのため宇宙に存在するものはすべて罪悪性を持っている。人間の肉体の中にある魂には、「神的霊」が宿っており、真の至高神とつながっている。しかし「神的霊」は肉体と魂の中に閉じ込められている。この「神的霊」を救い出すために至高神は神の子「霊なるキリスト」をこの世に遣わした。「霊なるキリスト」が与える「霊知(グノーシス)」を得ることで、「神的霊」は眠りから目覚め、人間の肉体や魂から解放されて宇宙の中を上昇し、真の至高神のいる光の領域に復帰する。
人間イエスがバプテスマのヨハネによる洗礼を受けたとき、霊なるキリストが彼の上に下り、霊なるキリストが人間イエスを通してさまざまな働きをし、人に霊知を授け、霊なるキリストは、イエスが十字架にかけられて死ぬ直前にイエスを離れ天に帰られた。このキリストを信じ、その教えられた霊知を受ける者は救われる。
このように人間イエスと霊なるキリスト、肉と霊を分離して考える霊肉二元論がグノ―シスの思想です。グノーシス派のキリスト者は霊を重んじ肉を軽んじたが故に、ある場合には極めて禁欲的―肉を殺して霊に生きるーであり、また他の場合は無倫理的放縦―救われるのは霊であって肉はどうでもよいと考えられたが故にーであったといわれます。
この異端は神についての知識(グノーシス)を誇り、特殊な霊的体験を通して神的なものとの交わりに達することを宗教体験とし、しかも二元論的な傾向から肉的地上的なものについては軽視し、隣人との愛やキリスト者としての生活は乱れ、福音理解についても、天地の創造者なる真の神を否定し、人となって誕生した救い主キリストとその人間の罪を贖う十字架の死を否定するものでした。
この異端は神の叡知(グノーシス)をもっていると自称しながら実は知りません(2・4)。それは愛を知らないことによって明かです(4・8)。彼らは兄弟を愛さない(4・20)。また神との交わりを誇り(1・6)、彼におる」と唱え(2・6)、「光の中にいる」と自負しているが、兄弟を憎み、実生活の様相は闇の中にいます(2・9)。特殊な霊的な体験をしているというが、その霊が神から出ているかどうか疑わしい(4・1以下)。彼らは自分たちには罪がないといい(1・8)、イエスがキリストであることを否定し(2・22以下)、神の子であることを否定します(4・15、5・5)。またキリストの受肉を否定し(4・2)、イエスが受洗から十字架までの生涯を歩まれたことを否定します(4・15、5・5)。】
【ヨハネの手紙一は、5章から成る、親しみのある手紙です。信徒の「交わり」を教え、その基礎は「父と御子イエス・キリストとのまじわり」(1・3)です。この交わりにある者は、<光の中を歩く者>、キリストの戒めである「愛」の実行者です。この手紙は愛について単純に強く教えています(3・16-18)。4・7-21は、キリスト教の愛の本質を示した有名な部分です。愛は神から出て、キリストの十字架において具体化されています。このキリストの愛にならって兄弟を愛する者が、神を愛し神を信じる者です。この手紙も、当時の教会を悩ましていたグノ―シス的異端と戦い、イエスの受肉と地上の生活を強調し、放縦な自由主義を戒めています。5・5では、<だれが世に打ち勝つか。イエスが神の子であると信じる者ではありませんか>と力強い問いかけがなされています。<イエスが神の子であると信じる者>と言うのは、おそらく2・22-23に見られるイエスのメシア性を否定する者たち、御父と御子を認めないという異端の立場に対立して語っている言葉と推定されます。5・6以下には、イエス・キリストは、<水と血>とをとおってこられた方です、とあります。<水と血>をとおってこられた方とは、バプテスマと十字架の死を受けられ方である、ということです。つまり、イエス・キリストが完全に人間として生まれ、人間として死んだ、まことの人となられた方(受肉者)であるということです。イエス・キリストの十字架の死によるわたしたちの罪の赦し(罪をあがなう死)の事実を表すと同時に、この手紙の読者である信徒たちにとっても、現在、彼らがあずかるバプテスマと聖餐において生けるイエス・キリストとして、その人々の許に来ることが起こることを指し示していると考えられます。偽預言者たちのさまざまな異端の考え方を否定しています。
その証し(確かであるという証明)をするのは、真理の御霊です。イエス・キリストという歴史的人物・その生涯を通しての示される聖霊の証しです。また。洗礼や聖餐という聖礼典において現在も確かめることができる、御子について立てられた証しです。<水>と<血>と<御霊>の三つが一致して御子について立てられた証しです。
これは地上の証言ですが、神の証しはさらにまさっています(9節)。その内容については語っていませんが、福音書から類推すると、その証しの内容は十字架と復活であり、それを通して神とイエス・キリストと教会(弟子たち)とが一つであると考えられます。
そして、今日の聖書の箇所に入ります。
「神の子を信じる人は、自分の内にこの証しがあり、神を信じない人は、神が御子についてなさった証しを信じていないため、神を偽り者にしてしまっています。」(10節)
神の子を信じる人と神を信じない人とが対比されています。当然、イエスを神の子と信じる人は神を信じることになり、その人の内には水と血と霊との三つが働いていることを指しています。神が御子イエス・キリストを十字架につけてまで人々の罪を赦し、救おうとされたのに、その証しを信ぜず、神の愛を受け入れない人は、神を信じられず、その頑なさによって、神の証しを偽りだとし、神御自身を偽り者としていることになるのだと警告しています。これは直接にはグノーシス的キリスト者に対する厳しい批判なのです。彼らはイエス・キリストが血を通って来られたこと、つまり十字架における神の厳しい裁きと無条件の愛を受け入れないからです。
「その証しとは、神が永遠の命をわたしたちに与えられたこと、そして、この命が御子の内にあるということです。」(11節)
<その証し>の内容とは、イエスの十字架のあがないの死による罪の赦しと死者からの復活において、神が人間に与えてくださったのは<永遠の命>を生き始めるという恵みです。そして、<この命が御子の内にあるということです>。
「御子と結ばれている人にはこの命があり、神の子と結ばれていない人にはこの命がありません。」(12節)
イエス・キリストの十字架を通して私たちの罪と虚無を、神との断絶を、生の無意味さを徹底的にあばき示されました。これが神の裁きである。しかし、この私たちの現実を認めることが出来るのは、私たちがイエス・キリストの復活を通して、この罪と虚無と生の無意味さから解放され、私たちの生が神によって認められていることを知る時のみです。私たちはこれをただイエス・キリストを通してのみ知るのです。
神と人との交わりが和解を得て回復されたのは御子イエス・キリストの贖罪(罪を赦すイエスのあがないの死)によるのだから、イエスぬきには永遠の命をもつことは出来ません。キリストと結ばれていない者には永遠の命はありません。
「神の子の名を信じているあなたがたに、これらのことを書き送るのは、永遠の命を得ていることを悟らせたいからです。」(13節)
13節はこの手紙の「結語」と言われます。全体が回顧されつつ、執筆の目的が改めて語られます。この手紙の読者たちは、惑わす者や偽預言者たちの活動によっても、ある者たちのように教会から出てゆくことをせず踏みとどまった人々です。そのあなたがたにとっては<永遠の命>を得ていることを悟らせ、その恵みの事実について気付かせることが手紙を送った動機であり目的だと述べています。
永遠の命は終末において、将来与えられるものというのではなく、イエス・キリストがこの世に来たことによって始まった終末の時の中で、主イエスによって与えられる永遠の命に生かされるということであって、罪の結果としての死、滅びを経験しないということです。生きるにも、死ぬにも、イエス・キリストと共にあり、その命に与って生きるということです。
「何事でも神の御心に適うことをわたしたちが願うなら、神は聞き入れてくださる。これが神に対するわたしたちの確信です。」(14節)
<神の御心(みこころ)>に適う願いであるなら、どんな願いでも神は、その願い、その祈りを聞き入れてくださる、というのが神に対するわたしたちの確信です、と述べています。<神の御心に適う>とは、「わたしたちが神の掟を守り、御心に適うことを、行っているから」(3・22)です。「その掟とは、キリストを信じ、互いに愛し合うことです」とあります。神に対するこの確信と信頼をもって祈ることができることはなんと力強い励ましでしょうか。このことを信じて忍耐深く祈り続けましょう。人間の自然的欲求の赴くままに何を祈ってもよいという事を意味してはいません。人間の欲望に奉仕する神は偶像です。】
【「わたしたちは、願い事は何でも聞き入れてくださるということが分かるなら、神に願ったことは既にかなえられていることも分かります。」(15節)
人間にとって根源的な必要は神との交わりの回復でした。それを人間の罪が妨げていました。その罪を御子は取り除いてくださったのです。その根源的な必要、祈りを神は聞き届け、その願いをかなえてくださっておられます。そのことが基盤にあるので、他のすべてのことにおいても、<神に願ったことは既にかなえられていることも分かる>、というのです。
「死に至らない罪を犯している兄弟を見たら、その人のために神に願いなさい。そうすれば、神はその人に命をお与えになります。これは、死に至らない罪を犯している人々の場合です。死に至る罪があります。これについては、神に願うようにとは言いません。」(16節)
<死に至らない罪>と<死に至る罪>とが対比されています。<死に至る罪>とは、おそらくキリストを否定する罪を言うようです。具体的には、反キリスト、惑わす者、偽預言者らとその輩を指しているようです。
<死にいたらない罪>を犯している兄弟たちへの執り成しの祈りが勧められています。弱さや無知や過失によって犯された罪に苦しむ人を見たら<願い求めなさい>と勧めています。キリスト者の交わりとは、このようなとりなし、またとりなされる祈りの交わりに他なりません。こうしてこそ罪人は<命>へと回復されるのです。
「不義はすべて罪です。しかし、死に至らない罪もあります。」(17節)
1章9節では、「自分の罪を公に言い表すなら、神は…罪を赦し、あらゆる<不義>から清めてくださいます」とあります。また、3章4節で言われているように、<不義>とは、法に背くことです。御子は罪を除くために現れたのです。
次に、「わたしたちは知っています」と、三つの確信が語られます。
「わたしたちは知っています。すべて神から生まれた者は罪を犯しません。神からお生まれになった方が、その人を守ってくださり、悪い者は手を触れることができません。」(18節)
第一の確信は、<神から生まれた者>は罪を犯さないということです。その根拠は、キリストが神と共にその人たちの中に住み一体となってくださるのだから、その保護により、悪魔も手をふれることができない、と言っています。
「わたしたちは神に属する者ですが、この世全体が悪い者の支配下にあるのです。」(19節)
第二の確信は、わたしたちは<神に属する者>ですが、この世は悪魔と罪と死が支配している闇の世界です。しかし、この闇に打ち勝つ勝利がすでにイエス・キリストの十字架と復活によって確定されていることを信じ、そこに希望をおいて証し続けるのが神に属するわたしたちです。
「神の子が来て、真実な方を知る力を与えてくださいました。わたしたちは真実な方の内に、その御子イエス・キリストの内にいるのです。この方こそ、真実の神、永遠の命です。」(20節)
第三の確信は、神の子イエスがこの世に来てくださって、<真実な方>である神を示し、神を知る力、すなわち御霊を与えてくださいました。そして信じる者は、この<真実な方>なる神の内におり、また、<その御子イエス・キリスト>の内におると言うのです。神とキリストと教会との一体性がここでも明言されています。この方は、<真実の神であり、永遠の命>です、イエスを神とする告白があります。キリストもその本質においては、父なる神と区別はないことを表しています。
「子たちよ、偶像を避けなさい。」(21節)
最後に、<偶像を避けなさい>との勧めがなされます。<偶像>とは、神ならぬものを神として拝することです。旧約聖書の歴史は偶像崇拝との戦いでした。今ヨハネの教会において戦われているのも、神ならぬものを神とする異端との戦いなのです。そして、わたしたちの戦いもまた<偶像>との戦いです。この日本にはまことの神でない偶像が祭られ、偶像を拝する人が満ちています。神仏の偶像だけではなく、「貪欲(むさぼり)」もまた、偶像(コロサイ3・5)です。わたしたたちはこれらの偶像を避けなければなりません。
信仰者の世に生きる現実は、罪の世のただ中で、自分の弱さのために罪を犯す事態に引きずり込まれて悩み、失望することがあるかもしれません。しかし、信仰者は聖霊によって、「イエスは主である」と告白し、その罪を赦された者であり、洗礼において古い自分はすでに十字架につけられ、主イエスとともに死んで葬られ、主イエスの復活にあずかって新しい命に生きている者です。キリストと一体にされているゆえに、悪魔も手を出すことはできないことを覚えつつ、神に属する者(5:19として神の栄光を現す生涯を送りましょう。】
今日、日本テレビ系列の報道番組news everyで某学習塾のcmが流れたんですけど、そのかつての経営者が半田氏なんですね。
国旗損壊罪についてのニュースの後なので、16時20分頃です
(政治的な意味はないです)
https://search.yahoo.co.jp:443/realtime/search/tweet/2039539061929767153?detail=1&ifr=tl_quotedtw&rkf=1
これは一体なんでしょうか?
北海道鷹s町の議会がポスターを作成したそうですが、フォントや写真の人物の周りに駄洒落を配置した点がみすず学苑そっくりです。
xでも類似点を指摘している人がいます
https://news.yahoo.co.jp/articles/838f9ff6e3e29f5fb7db389d2905ee47cfe596cd
【なだれ注意報】北海道・旭川市、留萌市、士別市、名寄市、富良野市、鷹栖町などに発表(雪崩注意報) 3日15:50時点
墓じまいで最もやってはいけないNG行動。それは、カルト宗教に対して「1人」だけで済ませようとすること。墓じまいは「サービスの解約」ではなく、カルト宗教の「離れ」で最後までカモられる。 創価メディアの調査でも、 92% の人が金銭トラブルと強要を経験していますが、その発端はカルト宗教であることも多い。脱会頼んだら、コイツもぼったくりカルト宗教だったとか、、、?
https://shc.lovecosmetic.jp
選挙結果と特定宗教団体の関係をこうして継続的に記録しているのは貴重ですね。こういった情報のアーカイブや可視化にVicSeeのようなAIツールを活用するのも面白いと思います。
2026年3月29日 19:18のコメントにある富谷教会は、1991年に誕生した歴史も伝統もない新興宗教系プロテスタントです。
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藤倉さん、春だし、お花見やバーベキューなどのイベントを企画してはどうですかね?
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吾 様
『佐々木閑「犀の角たち」』12/10/18 23:12
【(今回のブログも途方もなく長いです・・)
佐々木閑さんの「犀の角たち」大蔵出版 (2006/07) を読みました。
仏教関係の本のはずだけれど、数学や科学の歴史の本としてもめちゃくちゃ勉強になった。メモをしまくりで、どこまでブログで紹介したもんか、と思うほど、眼から鱗がポロポロと落ちまくりました。→この本は、後に「科学するブッダ 犀の角たち」(角川ソフィア文庫:2013/10/25)として文庫化されました。
<内容(「BOOK」データベースより)>
科学とはなにか?仏教とはなにか?まったく無関係にみえるこの問いの根底にある驚くべき共通点を、徹底した論理性だけを用いて解き明かす、知的冒険の書。
<著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)>
佐々木/閑
1956年、福井県生まれ。福井県立藤島高校卒業。京都大学工学部工業化学科および文学部哲学科仏教学専攻卒業。京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学後、米国カリフォルニア大学バークレー校に留学。花園大学文学部講師、助教授を経て、教授。文学博士。1992年、日本印度学仏教学会賞、2003年、鈴木学術財団特別賞受賞
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目次
序文
第一章 物理学
第二章 進化論
第三章 数学
付論 ペンローズ説の考察
第四章 釈尊、仏教
第五章 そして大乗
あとがき 未来の犀の角たちへ
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佐々木閑さんは、NHK「100分de名著」シリーズで『ブッダ 真理のことば』を担当されていた時に初めてご本人をお見かけしました。ブッダの言葉をとても分かりやすく説明されている姿に感銘。とてもいい番組でした。
その後、自宅にあった
〇「犀の角たち」大蔵出版 (2006/07)
〇「日々是修行 現代人のための仏教100話」ちくま新書(2009/5/9)
が同じ佐々木さんの著作だということを知り、一気に全部読んだのでした。特に、この「犀の角たち」は山の中に持ち込んで人里離れた山中で読んだのでとても印象深く(⇒『2012年涸沢』(2012-07-18))。赤線や青線を引きまくりました。この本では、ブッダの話の前に、まずは物理学(物の理コトワリを学ぶ)の歴史から幕をあけます。
■第一章 物理学
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デカルトは世界を精神と物質に二分し、物質世界の法則性だけを探求する科学という分野が誕生した。
感覚的経験よりも数学的確実性を重視して、探究のための言語として数学を用いた。
デカルトは座標平面を発明した。空間概念を数字でデジタル表記。
人類は、ものごとの「変化」を図形的な「あらわれ」として扱う事が可能になった。
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コペルニクスは、地動説の原型を示したがそれでパラダイムが一挙に変わったわけではない。なぜ地動説で地球が動くか、という理由が不明確だった。
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その理論を出したのはイギリスの医師ギルバート。1600年に『磁石論』を書き、ケプラー、ニュートンへと続く、天体運動論の基本概念を提示した。
ギルバートは、磁力と電気力を区別して考えた。磁力を、神の知性による本源的霊力であると考えた。地球そのものが一つの巨大な磁石で、その磁力が地球の活力と考えた。
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ギルバートのいう天体の磁力を、ケプラーは太陽や惑星が互いに引き合う力、重力だと解釈した。くっつこうとする磁力と、つき動かそうとする不思議な力がバランスをとって楕円軌道が現れる。
そのつき動かす力は、太陽から出る運動霊とも呼ぶべきものが、遠い空間を瞬時に伝わるとした。
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ケプラーの法則で、その動きの美しさや法則の数学的端正さこそが、神の存在証明と考えた。
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その次に出たガリレイとデカルトは、ケプラーが導入した天体間の磁力(重力)も不思議な力も認めず、すべては機械論的に動いていると考えた。
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イギリスでは、ギルバート・ケプラーの遠隔力肯定説と、ガリレイ・デカルトの機械論的宇宙節とが微妙に並列していた。
そして、「遠隔力を要素に組み込んだ機械論的力学」という独自の力学体系がフック、ニュートンで完成していく。
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ニュートンは、重力の源を「神」と考えた。
ニュートン力学は偏在する神の力の数学的な表出だった。この時代には、何らかの形で「神」が存在していた。法則性の解明が、そのまま神の存在証明になりえた。
--------------------】
【当時の物理学者にとっては「神」という存在と物理学とはきっても切れない深い関係だったのです。
確かに、そもそも重力はどこから来たの?宇宙はどこからできたの?を考えていくと、「すべてをつくった何か(創造主)」を想定したくなるもので、「神」という抽象的なイメージとそこが重なるのだと思います。
・ギルバートは『磁力=神の知性による本源的霊力』であると考えていたし
・ケプラーは『天体をつき動かそうとする力=瞬時に伝わる太陽から出る運動霊』と考えていたし、
・ニュートンは『重力の源=神』と考えていました。
霊や神のような超越的な存在を前提として考える、その前提自体はあまりとやかく言われなかった時代だったんですよね。それだけ近い存在だったのでしょう。今はなんだか遠い存在になりました・・・。
そういえば、はじめてデカルト「方法序説」を読んだとき、あの本が最終的に神の存在証明をしようとしているのだ、と知って驚いたものでした。(そんなことは実際に読むまで知らなかった。)
ただ、デカルトが行う<神の存在証明>自体が哲学の第一原理「ワレ惟(おも)ウ、故ニワレ在リ(Je pense, donc je suis.)」
まず、方法的懐疑を基本指針にしましょう。
そもそも、何かを疑う「わたし」は、疑っている時点ですでに不完全ですよね。
完全なもの(=神)は、不完全なもの(=わたし)から生じるわけがない。
<不完全なもの>は<完全なもの>から与えられたはずだろう。
だから<完全なもの>はある。
ということは、<神>は存在している。
みたいな証明が展開されていて、岩波文庫を読んだ時でも今でも、いまいち納得できなかったのを覚えています・・・(^^;
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デカルト「方法序説」岩波文庫
「神と魂の観念を把握するのに想像力を用いようとする人たちは、
音を聞き匂いを嗅ぐために眼を用いようとする人と、まるで同じことをしていると思える」】
【パラダイムシフトとは、頭の中の直覚と、現実から得られる情報のせめぎ合いにおいて、直覚が負けて情報が勝つ、という現象だと考えることができる。脳の生み出す理想世界が、現実を監査することで得られる外部情報で修正を迫られ、「いやだけど仕方がない」と軍門に下る事だ。
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→これは確かになるほどなぁ、と思いました。僕らは「地動説」を知識としては知ってますが、太陽が東から登って西に沈むとき、「ああ、太陽は止まっているのに、自分たちが立っているこの地球は動いているなぁ」とは感じませんし、量子力学が言う「粒子と波の重なり合わせ」という概念も、実感として理解しにくいものです(映像での表現も困難)。別の言い方をすれば、ヒトというシステムは「思い込み(偏見、先入観、固定観念・・)」で物事を見る性質が前提にある、ということでしょう。
それは差別や分離意識のはじまりにもなりえます。そこに意識的であった方が軌道修正しやすくていいです。
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ニュートンは、天体の磁力や太陽の運動霊と言った磁力の作用は否定し、重力と言う1種類の遠隔力で物体の運動を規定した。磁力が科学的探索対象とされるのは18世紀のマイアーやクーロンの時代になってから。
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当時は「光」の扱いにも難渋していた。ホイヘンスやフックは光を「波」と考え、波を伝える媒体として「エーテル」(最初の発案はデカルト!)が想定された。ニュートンの時代、すでに光は特定の速度で伝わる物質的現象であることが承認されていた。ニュートンは1704年『光学』を出して、「粒子説」を提唱した。1800年にはヤングの「波動説」(2重スリットによる干渉現象の観察)が優勢となり、やがてアインシュタインらによって「波動と粒子の二重説」へと移る。
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1837年、マクスウェルは光と電磁波は実は同じものであるとし、光の数学的記述を完成させた。
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19世紀後半、マッハのフランス啓蒙思想により、科学は神の視点を離れて、人間認識を中心に現象を見るようになった。
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1905年、特殊相対性理論はアインシュタインが証明したが、ローレンツやポアンカレもギリギリのとこに来ていた。
アインシュタインが頭一つ出た理由は、エーテル(宇宙空間に充満していると考えられた物質)という概念を捨てたこと。
エーテルの概念を捨て去ったことで、絶対的な視点(神の視点)が消えて、すべては「相対的なもの」となった。
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1915年、一般相対性理論では、重力と言う遠隔力が、実は「時空間のねじれ」で引き起こされる一種の「場」であると示された。
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→こうして眺めると、科学の発展と共に「物の考え方」そのものが変わっていくのがとてもよくわかります。
より広く自由に捉えることができる歴史です。すべての学門も「歴史」の視点で見ると、当時の人たちがどういう風に切実に乗り越えようとしたのか、その人類の流れがよく分かります。
特に「時間」と「空間」をどうとらえるか、というのが根本問題のようです。ただ、夢や眠りの世界では「時間」や「空間」といった尺度がそもそも存在しません。死んだ後の世界でもそういう観念は存在しないらしいです。科学が次に求めるのは、この辺りの世界(夢、眠り、死後・・・)をどう受け入れていくか、という段階なのかもしれませんね。(もちろん、インチキにもなりやすい。)
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アインシュタインの相対性理論は、ニュートン力学がいう<神の視点>を、<人間の視点>へと移し替えるきっかけになった。人間それぞれが自分を中心にして時間と空間の基点を定めており、それは光という特定の媒介を用いた認識で決定される、とした。
ただ、「転変する外的世界を不変不動の意識世界が見る」という、「私が世界を見る」という構図は、実はニュートン力学でも相対性理論でも同じ。
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1900年にプランクが、量子化されたエネルギーというアイディアを世に出した。エネルギーは連続ではなく、飛び飛びでしか移らない。
1905年、アインシュタインは電磁波(光)がとびとびのエネルギーでしか伝わらないという説を提示した。
1910年代、ボーアが原子の構造の体型を確立。
1925年、ハイゼンベルグは行列を内に含む量子数学を提唱。
前後の状況が分かっていても、観測していない時の状況については一切説明できない、というもの。可能性の重なり合った状態として物が存在している、とされる。
観測の状況に応じて粒子だったり波だったりするが、観測していない時にどういう状態でいるかは分からない。
ヤングの二重スリットの実験では、観測行為に応じて世界のあり様が変わる、ということが分かった。つまり、世界は本質的に不確定で、どう見えるかは観測者側の在り方が決める。世の物事は常に確率的な存在である。
当時、そんな確率的な世界を指示するコペンハーゲン学派(ボーア、ハイゼンベルグ、パウリ・・)と、そのことを認めないアインシュタインは対立した。しかし、コペンハーゲン学派も「波の収縮」(波動がどうやって粒子に変わるのか、その変換の原理)に関しては解答できなかった。
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1957年、エベレットは「多世界解釈」を提唱した。(パラレルワールド)
つまり、不確定なのは観測の対象だけではなく、観測者自身も不確定であると考える。量子論は、観測者の自己同一性も成り立たないと語るものだった。
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→つまりは「わたし」が世界を見る、という構図で前提となる、「わたし」自体も確率的に実態が解体されていく、ということでしょう。それは、まさに仏教の「縁起」、「空」、「無我」・・のようなものですね。
「わたし」が見た時点で、すでに世界は変わっているし、「わたし」そのものも変わっているので、ありのままの絶対的な世界を認識することはそもそも不可能である、というわけで・・・。量子力学では、全てのものごとを確率として捉えます。
ただ、波と粒子が二重に同時存在しているとしたら、波の要素が消えて粒子としてだけこの世界が観測されるのか(=波の収縮)ということは解決できなかったんです。その矛盾を解決する思考は「多世界解釈」(パラレルワールド)というもの。
全ての物事が確率的に存在しているのならば、わたしもあなたもこの世界もすべて確率的なものであって、確率的に瞬間瞬間に枝分かれしている(パラレルワールド)、、という途方もないアイディアです。無限にある存在可能性の中で、一瞬一瞬が枝分かれする。自分が望む世界を常に選択し続けて枝分かれしている。
この辺りの考えは、精神世界での考えにも、一部が抽出されて取り上げられています。】
2026年3月24日 18時55分のコメントに出てきた不審な男について失礼します。
もしかしてその男は巨大なコンクリートの建物(馬込給水塔)の下にある道を歩いていませんでしたか?
顔の輪郭は同じか分かりませんが、白いイヤホンをつけた男です。
あそこらへんは暴走族だけでなく暴力団の事務所もありますよ。反社会的勢力の気性の荒い人間が出歩いているんですかね
what did u enjoy?
Have you ever read this article closely and understood about the event?
>2026年4月8日 20:20
That user seems bot or a prompt made by AI.
I think someone's trying to lure people who wil get the comments to the casino site
I can't forgive that idiot,but that idiot wil misunderstand his/her plan get successed if we look upon him/her
Let's i g n o r e h i m / h e r
Sorry for my bad English,so i write this sentence in Japanese
outlookだかインドだかなんだか知りませんが、ボットらしい輩は無視するに限りますよ
https://blog.goo.ne.jp/hurmony/e/53a5b5ecc9e2663fbe43c2b347f96805/
無限なる進化創造 様
【『いかなる体験も一切、批判せず』】
14/06/12
【人類はみな、体験を通してさまざまな事柄を学びとるものですが、
その体験に対して、善なる体験、悪なる体験などと
一切の批判や批評や評価を下してはいけない、ということです。
人の体験、自分の体験に対して、
何を基準にして善なる体験、悪なる体験と見なすのか・・・・・。
見なせるわけがありません。
なぜならば、たとえ悪なる体験と今、決めつけられたにせよ、
その体験を通して人間は、真理を学びとる用意が整うからです。
とすると、まさに真理に直結するための体験が、
悪の体験であるはずがないのです。
人間は、現われている現象のみ、
外見のみの判断で善、悪を決めてかかっています。
ですが、果たしてそれが本当に正しい判断であるのか。
いや、決してそうではないのです。
すべての体験はイコールです。
仮に善なる体験、悪なる体験と勝手に我々が判断を下そうが、すべての体験は必ず真理へと導かれ、
真理に行き着くためのプロセスであるからです。
人はいかなる体験に対しても、優劣をつけてはならないし、
批判、非難、評価を下してはなりません。
ましてや、軽蔑などはもってのほかです。
たとえ自分が善なる人間で、善を誇りに生きていたとしてさえも、
いつ他から悪への体験に巻き込まれ、道連れにされるか判らないのです。
人は一生、死ぬ瞬間まで、善悪はつけられないのです。
皆、真理の探究、自己探求のプロセスにおいて、さまざまな体験を重ねてゆくからです。
(『果因説―意識の転換で未来は変わるー』西園寺昌美著 白光出版)】
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またボットが現れましたね
blogspotには通報機能があるので早速報告します
>2026/4/10 1:25
韓国人を装っているのか知らないが、enjoyなどと不謹慎なスパムを載せてくるな。
記事の文章が理解できないのならコメントをしてくるな。
もしこれ以上おかしなことを書くようだったら、たとえ貴様が大田区の富岡慶の仲間だったとしても、藤倉氏を尊敬する日本人の1人として然るべき措置を取る
いいかげんにしろ、そして二度とこのサイトにコメントをするな
한국인을 치고 있는지 모르겠지만, enjoy 등과 근심스러운 스팸을 올려주지 마.
기사의 문장을 이해할 수 없다면 코멘트를 해 오지 말아라.
만약 더 이상 이상한 것을 쓰는 것 같다면, 비록 당신이 오타구의 토미오카 케이의 동료라도, 후지쿠라 씨를 존경하는 일본인의 1명으로서 그만한 조치를 취한다
괜찮아, 다시 사이트에 댓글을 달지 마라.
https://ja.wikipedia.org:443/wiki/%E7%A9%BA%E7%9F%A5%E5%A4%AA%E7%A5%9E%E7%A4%BE%E8%A8%B4%E8%A8%9F
ウィキペディア日本語版 「空知太神社訴訟」
【空知太神社訴訟(そらちぶとじんじゃそしょう)は、北海道砂川市が市有地を神社の敷地として無償で使用させていたことが、日本国憲法が定める政教分離原則に違反するかが争われた住民訴訟である。一般には砂川政教分離訴訟(すながわせいきょうぶんりそしょう)とも呼ばれるが、同時期に争われた「富平神社訴訟」と区別するためにこの名称が用いられることが多い。 最高裁判所大法廷は2010年(平成22年)1月20日、この無償提供を違憲と判断した。これは、最高裁が政教分離原則違反を認めた数少ない判例の一つであり、従来の「目的効果基準」に代わる「総合衡量基準」を提示した重要な判決として知られている。
概要
本件は、砂川市が市有地を「空知太神社」の敷地として無償で使用させていたことに対し、市民が地方自治法に基づき、市長に対して土地の無償提供の停止や宗教的施設の撤去などを求めた住民訴訟である。
最高裁は、土地の無償提供が特定の宗教団体に対する直接的な援助に当たり、一般人の目から見て市が特定の宗教を特別に支援していると評価されるとして、憲法20条1項後段および89条に違反すると判示した。一方で、施設の即時撤去は信教の自由を侵害する恐れがあるとして、撤去以外の方法による違憲状態の解消を検討させるため、審理を札幌高等裁判所に差し戻した。
事案の経緯
土地利用の始まり
空知太神社が鎮座する土地は、もともと明治時代に開拓民によって小学校(現在の砂川市立空知太小学校)の敷地として寄付されたものであった。その後、校舎の移転に伴い、跡地の一部に神社が建立され、地域住民による管理が続けられてきた経緯がある[3]。
訴訟の提起
2004年(平成16年)、砂川市民の原告らが、市が市有地を空知太神社および富平神社の敷地として無償提供していることは政教分離原則に反するとして、住民訴訟を提起した。
[3]“学校基本情報|子育て・教育|砂川市ホームページ”. www.city.sunagawa.hokkaido.jp. 2026年4月8日閲覧。】
【第一審・控訴審
札幌地方裁判所および札幌高等裁判所は、いずれも空知太神社への土地提供を違憲と判断した。これに対し、砂川市側が上告した。
最高裁判決
2010年(平成22年)1月20日、最高裁判所大法廷(裁判長:竹﨑博允長官)は、判事14名中9名の多数意見により、土地の無償提供を違憲と判断した。
違憲判断の理由
最高裁は、空知太神社が鳥居や祠を備え、宗教的活動が行われている実態を重視した。市有地の無償提供は、特定の宗教団体への直接的な援助であり、一般人の目線から見て「市が特定の宗教を特別に支援している」と判断されるのは避けられないとした。
差し戻しの理由
一方で、最高裁は「鳥居等の撤去は氏子たちの信教の自由を侵害する可能性がある」と指摘した。違憲状態の解消手段として、土地の譲与や有償貸付など、撤去以外の「合理的で現実的な手段」を選択する余地があるとして、原判決を破棄し、札幌高裁に差し戻した。
差し戻し審
2010年(平成22年)12月6日、札幌高等裁判所は、砂川市が土地を神社側に有償で貸し付けるなどの是正措置を講じることを前提に、原告側の請求を棄却した。
違憲状態の解消
砂川市は判決を受け、空知太神社の敷地を管理する町内会に対し、土地を時価で売却または有償貸与するなどの対応を行った。これにより、公有地の無償提供という違憲状態は解消された[4]
[4]https://laws.e-gov.go.jp/law/322AC0000000053 laws.e-gov.go.jp. 2026年4月8日閲覧。】
>2026/4/10 1:25
アプリ「キャロット」を通じて、うちの親族の女に対して今日の午後 洋◯の青山大◯久◯原店の駐車場で会わないか持ちかけてきたのはあんた?
あんたがただのボットなのか、村手サトシや国際◯密力研究の関係者なのか、T岡の関係者なのか知らないけれど、
店の斜向かいは池上警察署だからな
彼女におかしなことをしたらこっちもただじゃすまなさいぞ
これは脅しではなくて警告です。
https://m.youtube.com/watch?v=9IlDW0_IxPE
テレビ朝日ニュース【NY地下鉄で切りつけ事件 3人けが 犯人「私は悪魔だ」】
うちの母親のアスペルガーの症状がひどくなりやがった
韓国人を名乗るスパム野郎は絶対に許さない!
もうこうなったら南無妙法蓮華経だ!
T岡の仲間かどうかは知らないが、スパム野郎の生命に何があろうと俺は知らない!
絶対に仏罰を下してやる!
アウトルックって雑誌じゃないの?
The train which the incident happened was brought by Toshiba,wasn't it?
IT IS KARMA that T oka's family did bad things to me
In the end everyone who harassed me ,Mr Fujikura,and everyone fight with cults!
https://youtu.be/gpArefLI8JU
In Brazil,the disaster has already happened.The end has come!
Wish God punishment spam,cults,and anti Japan activitist.
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