2012年1月17日火曜日

【まいんど】神秘体験で霊的結合を確信/オウム・杉本繁郎受刑者(2)=藤田庄市

かつてサティアンがあった「第一上九」跡。現在は公園になっている(2008年9月、撮影・藤田庄市)
前回からの続き)ヨーガによる神秘体験や精神世界系チベット仏教書の感化を蒙り、オカルト雑誌の麻原執筆記事に魅了され、この男こそ真のグルだと「思い込んだ」杉本。彼が上京した「運命の日」は1986年3月1日だった。すでに彼のスピリチュアリティには麻原に同化する土台が築かれており、初対面から彼は麻原の霊的言動に衝撃を受け、一気に「狂信」の道をひた走ることになった。


■2つの神秘体験

杉本の手記には、多様な修行のさま、おびただしい神秘体験が記されている。わけても入信した最初の2ヶ月間の初体験は、90年以降、殺人をはじめ犯罪へと杉本を駆り立てた信仰の根幹を形成するものだった。

その諸体験のうち、ほんの2例を示そう。86年4月中旬、精進湖キャンプ場での修行の折、麻原が「超能力」を見せたことがある。それは、30メートルほど離れたバンガローから麻原が各チャクラの念力を送り、ろうそくの炎を動かすというものだった。杉本たちは深さ45センチほどのバケツの底に約10センチのろうそくを立て、風の影響を受けないよう窓を閉めた。彼らは、発刊されたばかりの麻原著『超能力「秘密の開発法」』を手に、固唾を飲み炎を凝視した。すると炎は3秒から5秒ほどごとに、本の説明どおりに各チャクラ特有の動きをした。ムーラダーラチャクラであれば炎がぐるぐる回るというように、である。「驚天動地」の出来事だった。「身体が震えだすような」感覚に杉本は囚われた。もうひとつは、麻原を頭頂に観想しながらマントラを唱えるグル・ヨーガに際してのことだ。麻原が透視能力の実験を行った。目隠しをした麻原の後ろに弟子が立ち、その者のみがマントラを念じる。一人でも、あるいはいたずら的に二人同時にでも立つと、麻原はことごとくその者を言い当てた。

このとき杉本はハプニングを起こしてしまう。麻原の背後に立っていないにもかかわらず、ほとんど無意識のうちにマントラを念じてしまった。すると麻原は後ろに立った二人を当てたのだが、その直後、「杉本の念が突然届き始めた」、「一番強念を送ってくれている」といい、ゆえに後ろにいるのは杉本だと結論づけた。客観的にははずれである。杉本はルールを破ったことを告白し、麻原にわびた。

「お前が念を送ったことはもういい。それよりも今回のことからグルと弟子は常にアストラル次元で繋がっており、いわば一心同体だということをよく学んでほしい」。麻原はそう説いた。杉本は深い「感銘」を受けた。

■呪縛されたスピリチュアリティ

こうした体験の波の中で杉本の麻原への「信」と「帰依心」は絶対のものに固められた。修行による種々の神秘体験も、麻原が宗教的解釈を下し、杉本はそれを信じた。なにより神秘体験は麻原によって引き起こされているのだとの言明も疑うことはなかった。「絶対的な境地へと導いてくれる」グルに違いないと「信じ込んだ」。

この2ヶ月の体験は杉本いとって衝撃、感激の連続だったことは間違いない。だからこそ自覚することはなかったであろうが、それは杉本の心深く、スピリチュアリティが麻原に完全に呪縛、制圧されるプロセスでもあり、犯罪にいたる根源となったのである。

■非合法活動を肯定する“完全な師弟関係”

杉本自身は、今、大意、次のように振り返っている。

「私が、麻原の命令によって非合法活動に関与するようになった時、常に精進湖キャンプ場で目撃したことを思い出しました。麻原がろうそくの炎を動かしたこと、麻原と私は常にアストラル次元で繋がっていると認識したこと、麻原は神通力を有していて、その力を顕現させたということです。だから麻原は正しく、私とは完全な師弟関係が出来上がっていると考え、非合法活動を肯定し、自分自身を納得させるための根拠としたのです」

麻原との霊的結合の確信は、麻原の想念を実体として感じる体験ともなった。麻原がインドであるヨギーとトラブルがあり困惑したとき、日本で杉本はその想念を感じ、グル・ヨーガをした時は黄色の光を見た。帰国した麻原にそのことを話すと彼はそれを認め、杉本の信が揺るがぬように想念を送り、光を見せたのだと語った。杉本が有頂天になったのは言うまでもない。麻原は体験を弟子たちに話させた後、霊的意味づけをして彼らの心を掌握した。

■クンダリニーヨーガの成就

現在の杉本は、この麻原のやり方は「あと出しジャンケン」であり、それは彼の「狡猾さ」であると思い至っている。一方、当時の杉本は麻原レトリックによって自分の体験が真正なものと「思い込み」、「傲慢」「自己陶酔」に陥り、自らの「錯覚」「妄想」に一切気づかぬ信仰構造になっていたと自己分析している。

86年8月に麻原はヒマラヤ山中で最終解脱をしたと宣言した。杉本たちにとって麻原は神と同格となり、麻原の言辞は神の言葉となった。杉本は1ヶ月ほどの独房修行などによる神秘体験をしながら、麻原への「信」「帰依」をさらに深めた。87年、オウム神仙の会はオウム真理教へと展開。88年10月、極限修行に入った杉本は、麻原からクンダリニーヨーガの成就を認定された。しかし杉本に背骨を上昇するクンダリニーのエネルギーを頻繁に感じるような体験や心身の変化はなかったという。今は「実にいい加減」と気づいているが、当時、麻原の認定を真に受け、ガンポパというホーリーネームを与えられた杉本は「まさに天にも昇らんばかり」であった。ガンポパというのは杉本が『ミラレパの十万歌』で憧れていたグルと法嗣の関係における後者の名である。ここにも麻原の人心掌握術の巧みさが見て取れる。以後、麻原の顔の腫れが杉本に現れる身体現象の一体化までをしばしば」体験するようになった。(つづく。文中カギカッコ内は杉本手記の表現)

(『仏教タイムス』2009年6月18日付紙面より・小見出しは本紙作成)

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ふじた・しょういち/1947年東京生まれ。大正大学卒(宗教学専攻)。フォトジャーナリスト、日本写真家協会会員。現代宗教、カルト、山岳信仰、民俗宗教、宗教と政治など宗教取材に従事している。著書に『行とは何か』『熊野、修験の道を往く』『宗教事件の内側』など多数。

本連載は「週刊仏教タイムス」に連載中の「まいんど マインド Mind」を、同紙と筆者の藤田庄市氏のご好意により再掲載させていただいているものです。本紙での再掲載にかんする責任はすべて本紙にあります。問合せ・意見・苦情等は、「やや日刊カルト新聞」編集部(daily.cult@gmail.com)までお寄せ下さい。


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