2012年1月16日月曜日

【まいんど】グルを希求し続けた青年/オウム・杉本繁郎受刑者(1)=藤田庄市

山梨県の旧上九一色村にあったオウム真理教のサティアン群(1995年3月末、撮影・藤田庄市)
最高裁は2009年4月20日、オウム真理教事件の杉本繁郎被告(50歳・以下杉本)の上告を棄却。杉本の無期懲役が確定した。杉本は1986年3月に「オウム神仙の会」時代に入信した最古参の元幹部である。麻原彰晃教祖の運転手などを果たしながら、非合法活動に従事した人物だ。裁かれた罪は、地下鉄サリン事件散布役の送迎、2人の信徒リンチ殺人への関与である。



■生かされていることが申し訳ない

足掛け15年、未決囚として収容されていた東京拘置所で5月15日に最後の面会をした。

「今、被害者やご遺族に対し、どう思っていますか」
問うや、杉本は突然わっと涙を流し、声を震わせた。

「言葉が見つからない。自分が今、生かされていること自体申し訳ない。刑に服しても償えないことはわかっている。どうしていいかわからない……」

ここ数年、彼と面会を重ねた、律儀で生真面目な態度で、膨大な手記を私などに寄せてくれた。その手記をもとに、彼のこころの軌跡を追ってみよう。(かぎカッコの単語は杉本の表現)

■衝撃的だった神秘体験

杉本が麻原を「狂信」してしまった土台は入信以前にあった。大卒後、就職したものの不整脈および甲状腺機能亢進症の病気のため、退社。が、両親はそんな彼の状況を理解せず、彼は一人苦悩していた。83年9月ごろ、杉本はヨーガ入門書を手にする。実践してみると体調が回復した。その効果にも驚いたが、さらに「衝撃的」だったのは「神秘体験」であった。眉間が爆発音とともに真っ白な光につつまれたのだ。二度目のときは光のみではなく身体が浮くように感じ、喜びがわいてきた。不安や恐怖感は後景に退いた。幽体離脱や唸りゴマ、鈴の音を聞く体験もした。

■チベット仏教との出会い

84年10月、かれは中沢新一著『虹の階梯』を読み、チベット仏教に強く惹かれた。まだチベット仏教は、日本では一般にはほとんど知られていなかった時代である。杉本は輪廻転生やカルマを同書によって知り、病気の真因をそこに求めた。発菩提心や利他行も彼のこころを捕えた。グルと弟子は過去世からむすばれているという思想は、『ミラレパの十万歌』(おおえまさのり訳)におけるミラレパとガンポパの話に、彼を自己同一化させた。オカルト雑誌の『ムー』や」『トワイライトゾーン』や本を読み漁り、グルを探し求めた。

ヨーガの独りでの修行に行き詰まりを感じていた86年1月15日夜、杉本は「天啓」を受ける。周囲が白銀色に変化し至福感に満たされた。そして自動書記さながら、「なぜ私は生まれてきたか」と記し始め、「ヨーガの実践により、苦しむ人々を救い出したい」「そうした先達の手伝いをしたい」と続けた。

この体験前後のこと。彼はチベット僧らしき者たちが出現する二つの夢を見る。二番目の夢では彼がその一人だった。現世は乱れているゆえ、救済すべくそこへ転生せねばならない、「私が往く」。それが杉本だった。

■「グルと劇的かつ運命的な出会いをしたい」

しかし、利他行であるとか救済であるとか、本来、社会と切り結ぶ方向にゆくべきところであるにもかかわらず、彼の意識は現実の生活世界とは違和感が大きくなるばかりだった。杉本の周囲にはチベット仏教の僧侶や指導者、まして教団が存在しなかったのであるから、「天啓」も夢見も実際の宗教的環境において矯正されようがない。「グルと劇的かつ運命的な出会いをしたい」との熱望が募るばかりだった。やはり最古参幹部で、信徒殺害に関ったO・Tも入信前、「泣き叫ぶようにグルを求めていた」と公判資料において述べている。

■『トワイライトゾーン』で出会った麻原彰晃

この思いに実体をあたえる男、麻原彰晃がここに登場する。『トワイライトゾーン』の麻原執筆のチャクラについての記事に杉本は「衝撃」をうける。その記事は、彼の病気や神秘体験の原因について解明していると、確信した。病気、ヨーガ、神秘体験、チベット仏教、夢見、使命、グルへの希求。三年の精神彷徨の果ては、麻原こそグルだとの「思い込み」であった。再就職した会社を辞め、親に置手紙をして杉本は広島から東京の麻原のもとへ向かった。「背水の陣」の決意だった。

現在、彼は当時の自分を「現実逃避」しており、自分に都合よくものごとを解釈し、それを無条件に受け入れていたと厳しく反省している。

と同時に80年代という時代性も把握せねばなるまい。オカルトが隆盛を極めており、『ムー』や『トワイライトゾーン』がオウム真理教入信の契機になった者は多い。精神世界が興隆し始める中で、前世や』輪廻、チベット仏教が伝統とかけ離れたところで流行りつつあった。チャクラという言葉もまだ目新しかった。そうしたスピリチュアルの源流に杉本は存在していた。(つづく

(『仏教タイムス』2009年5月28日付紙面より・小見出しは本紙作成)


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ふじた・しょういち/1947年東京生まれ。大正大学卒(宗教学専攻)。フォトジャーナリスト、日本写真家協会会員。現代宗教、カルト、山岳信仰、民俗宗教、宗教と政治など宗教取材に従事している。著書に『行とは何か』『熊野、修験の道を往く』『宗教事件の内側』など多数。

本連載は「週刊仏教タイムス」に連載中の「まいんど マインド Mind」を、同紙と筆者の藤田庄市氏のご好意により再掲載させていただいているものです。本紙での再掲載にかんする責任はすべて本紙にあります。問合せ・意見・苦情等は、「やや日刊カルト新聞」編集部(daily.cult@gmail.com)までお寄せ下さい。

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