2009年9月19日土曜日

今時の新興宗教は割り切りも大切?「お金のある人だけ入ればよろしい」

私(わくたま)の本職はフツーのサラリーマンで、当然「どういう顧客をターゲットにするか」などはいつも考えています。リーマン・ショック以前などは「富裕層ビジネス」なども勉強しました。しかしそのような勉強をしているのは今やビジネスマンだけではないようです。

【教えて!goo】真如苑について
この宗教は、新興宗教ですから、勧誘もするのですが、
「お金のある人だけ入ればよろしい。貧乏人は、○○○○(勧誘の激しい、とある新興宗教)へ行け。」
という方針があるようです。
ものすごい割り切り・・・・・。
ちなみに真如苑というのは一時期「酒井法子をかくまった」という
トンデモ報道ともに名前が挙げられていた団体で、名前だけはご存じの方も多いのではないでしょうか。現在Wikipediaでは真如苑の項目は半保護がかかっています。理由はこの辺をご覧いただければなんとなく想像もつくと思います。

ただ、宗教の金持ち頼みは、新興宗教に限らず、昨日や今日に限ったことでもない宗教の伝統的な問題でもあります。我々になじみのある戒名一つにとってしても

【仏滅上等】「戒名」「法名」の長さについて
ですから 天皇や力のある貴族にのみに「院号」は付けられていました。
それが江戸時代には徐々に お寺一つ建つくらいの寄付をした人にも与えられはじめました。
さらに戦時中には 政府から「お国のために死んだ人は尊いのだから」と各教団に要請があり「戦死した兵隊さん」にも付けられるようになり 爆発的に普及しました。

このようにお金や権力と密接に関係してきました。だからといってアホみたいに高額な印鑑を売りつけてよいという話などにはもちろんならないわけですが。

7 コメント:

匿名 さんのコメント...

そんな方針ないです。

giulia0023 さんのコメント...

一時期、それこそオウム真理教事件が佳境を迎えた頃、真如苑の麻薬問題がクローズアップされかかりましたね。石原真理子や黒柳徹子など著名人を多く抱えるこの団体に警察の手入れが入らなかった本当の理由は何なんでしょう?

匿名 さんのコメント...

真如苑について、もっと情報をください。お願いします。

匿名 さんのコメント...

真如苑はお金のない人はどこそこにいけ、などとは一言も言っておりません。

『苑』の字を使い、『園』の字を使わないのはかこい(くにがまえ)のない誰にでも広く門戸のあいた意味があります。

お布施はあくまで自分の意思でしないとみほとけに喜んでもらうどころか、悲しませるとの教義があり、一切強要はありません。
そんな教団なら私は信者をやめております。


それだけはきちんとお伝えさせていただきたくコメントさせていただきます。

匿名 さんのコメント...

そんな方針無いよ
教えてgooを情報ソースにして記事書いちゃいかんでしょ

匿名 さんのコメント...

元信徒です。
(私の場合は自然退会で反抗してやめたわけではありません)

「金持ち」、これはおそらく、
伊藤真乗が次女に「貧乏人は創価学会へ行け。中流は立正佼成会。
金持ちだけが真如苑に来ればいいんだ」といっていたという、
まことしやかな話が流布されたものがベースになっているかと思われます。
実際にネットではこの発言がされたかのようにたくさん出てきます。

私自身が信徒だった90年代当時、いろいろ調べましたが
この手の発言は、近しいものも含めどこにも見出せませんでした。

ですので、この話の詳細な出自ルーツは分かりませんが、
唯一、似た話が出た週刊誌の記事を持っています。
それは当時よく週刊誌に記事を書いていた宗教ジャーナリストである
清水雅人氏本人が週刊現代に真如苑の記事を出した時、同じことを述べていました。

さて、これは余談であり私見ですが・・・
お釈迦さまの時代、インドではヒンドゥー教が主な信仰でしたが
六師外道という宗教/思想家がいたように、いろんな宗教や思想が生まれて
傾倒している人たちも大勢いたといいます。

そこで祇園精舎寄進の例などから、
古代インド宗教界の中でも、仏教は主に都市部の商人など
金持ちの援助を得て発展したという仏教学上の研究報告もあり、
教祖がそれを意識した発言をして、それが曲解されて伝わったのかも?とも思われます。

なお、清水雅人氏については
当初は真如苑に批判的な記事を書いていたはずですが、
後年に真如苑の機関誌で顔写真付きでインタビュー付きで
シンパシーに紹介されたこともあります。

またネットでは、あらゆる宗教団体への批判を繰り返しながら
その宗教へ集るジャーナリストの面を被ったゴロツキだった
という記事も見かけたことがあります。

ということで、その背景も含めて
「金持ち云々」の真偽をもっと調べる必要があるかと思われます。

匿名 さんのコメント...

どんな教えも結局人間が創ったんだから、教祖に洗脳されてる。私の愛した人は真如苑の教えの元、「救いへ導くお手伝い」で、私に近づき、優しくし、教団へ連れて行こうとしたよ。その「お手伝い」をすれば、自分の不徳が浄化されるって信じてる。私を支えてくれたことも、勇気づけてくれた言葉も、全部嘘。挙句の果てに、辱められ、貶められ、トラウマを残された。人を救うなんて、人間に出来るわけがない。気が狂ってるとしか思えない。
自分にスキがあったことを嘆くのみ。今も彼は、どこかで誰かを救おうとお手伝いをしている。それで、前の女房は精神疾患を起こし、私を傷つけて々ことを繰り返すとも気づかずに。それも、全て、自分は「教え」を護っているだけと言い切れる。はっきり言って、カルトです。