2009年10月9日金曜日

今度は浄土真宗本願寺派が国政に挑戦か?

 先の衆院総選挙では、幸福の科学を母体とした幸福実現党が大量の候補者を擁立して全敗しました。幸福実現党は来年の参院選への挑戦を表明していますが、もしかしたら浄土真宗本願寺派も参戦するかもしれなくなってきました。
【京都新聞 2009年10月06日】浄土真宗本願寺派 参院選へ僧侶候補公募 比例代表で擁立検討
 浄土真宗本願寺派(本山・西本願寺、京都市下京区)は来年夏の参院選で「宗門特別推薦」を行うことを決め、宗門が擁立する候補者の公募を始めた。候補者公募は今回が初めてで、全国の32教区に適任者がいないか調査を依頼した。


 本願寺派は2007年の前回参院選で新たに宗門特別推薦の規約を設けた。宗門代表として民主党公認(比例代表)の藤谷光信氏、自民党公認(大阪選挙区)の谷川秀善氏の僧侶2人を推薦、ともに当選した。

 2人は公益法人制度改革など宗門が関連する問題の国会審議を報告し、国政と宗門をつなぐ役割を果たしているといい、来年の参院選でも引き続き、国政と宗門のパイプ役となる人材を送り込みたい意向だ。

 公募は本願寺派の僧侶(教師)であることが条件で自薦、他薦は問わない。所属政党も問わないが、宗門を挙げて全国組織で支援することから、比例代表での擁立を検討している。

 本願寺派は「国政の課題に宗教的な考えを伝えるためにも国会へ人材を送りたい。選挙も迫っており、なるべく早い時期に候補者を決めたい」としている。

 宗教団体が政党を作り自前の候補者を擁立した主な例としては、創価学会、オウム真理教、幸福の科学が挙げられます。幸福の科学が選挙に挑戦することになったとき、「政教分離原則」との兼ね合いを問題視する声がありました。しかし記者(藤倉)は「カルト的な宗教団体が政治権力を求めて選挙に出るというのは、政教分離原則以前の問題である」というスタンスに立ってきました。
 記者が法律や政治に明るくないからということもあります。しかしそれ以上に、主だった例がカルト的な宗教団体ばかりであるという歴史的事実を重視すべきという問題意識の方に偏っていました。「政教分離」という形式論的な問題ではなく、「反社会的団体にまで政治参加の権利を与えている現状は、はたしてまともなのか?」という現実的な問題なのではないかと。

 政教分離原則との兼ね合いについては、現状の知識では、日本国憲法が、宗教団体による政治権力の行使や、国が特定の宗教団体を優遇することや、公金が宗教団体のために用いられることを禁じている以上、「宗教政党」の存在自体が違憲であると考えています。
 公職選挙法や政党助成法には「宗教」に関する規定はなく、宗教団体が政党を作ったり選挙に出たりすることを禁じる法律は見当たりません。しかし宗教団体による政治権力の行使が違憲なのであれば、信仰者個人はともかく宗教団体が政治権力を手に入れるために選挙に出るということも当然、否定されるべきことなのではないかと思います(当選者を出さないために候補者を擁立するなどということは、選挙の理念から言ってありえないからです)。また、宗教団体に対して公金を支払うことも憲法では禁じられていますから、宗教政党が政党助成金の対象になれば、それも違憲のように思います。そもそも選挙にだって、供託金という制度があるとは言え公金だって投入されているでしょう。

 公明党は、いちおう「政教分離してる」と主張していますが、それを真に受けている人は多くないでしょう。単なる形式論にすぎません。一方、幸福実現党は「宗教政党である」と自ら公言しています。いずれの政党も、宗教組織の力学や教義や指導者の価値基準に基づいて活動しています。たとえ宗教法人そのものではなくても、その政党自体が宗教団体です。

 なんてことを考えていたところに、浄土真宗本願寺派の件が出てきました。正直、とまどっています。浄土真宗本願寺派は、別に反社会的団体ではないでしょう。ほかの3教団の例と違って、問題があるとすれば「政教分離原則」との兼ね合いだけだと思います。当然、「政教分離原則」に限って言うなら、「創価学会、オウム真理教、幸福の科学はNGだが浄土真宗本願寺派ならOKだ」などという論理は成り立ちません。宗教は全部NGか全部OKのどちらかです。

 となると、「政教分離原則」の内容やその是非について、もっと突っ込んだ知識と議論が必要になります。「宗教団体が政治権力を手に入れる」と言うと非常に聞こえが悪いですが、京都新聞の記事にある本願寺派の「国政の課題に宗教的な考えを伝えるためにも国会へ人材を送りたい」という表現を見ると、それはそれで悪いことではない気もします(幸福実現党がそれを言っても、記者自身はあまり説得力を感じませんが)。

 もし本願寺派が本当に候補者を擁立するようであれば、幸福実現党の登場以上に、「政教分離」について真剣に考えるべきタイミングなのではないでしょうか。

 公明党は、「宗教団体とは別組織だ」と言い張れば宗教政党でも国政の与党に食い込めるという実績を、なし崩し的に作りました。さらに今回の衆院総選挙で幸福実現党が、全敗したとは言え「宗教政党だと公言して立候補しても問題ない」という実績を、なし崩し的に作りました。そして今度は、カルトや新興宗教ではなく伝統宗教が参戦しようとしています。いったい、どこまでなし崩されるんでしょうか。きちんと議論されないまま、特定の宗教団体の意向だけで歯止めなく「宗教の政治参加」が加速しても、いいことはないのではないかと思います。

 

4 コメント:

Kuroiwa Hideyuki さんのコメント...

日本国憲法が規定する、政教分離とは、「国、地方公共団体、公務員が特定の宗教に公金を支出してはならない。宗教行事を行ってはならない」「国、地方公共団体、公務員が特定の宗教団体を特別扱いしてはならない」ということだけです。

よって、宗教団体が参政することは、戦前の国家神道体制の反省に基づいて作られた日本国憲法上の「政教分離原則」に抵触しません。

よって、公明党などは違憲ではないのです。かりに公明党をつくらず、創価学会が直接議員を送り込んでも合憲です。(実際、公明党、公明政治連盟結成前の昭和30年代は、創価学会が直接参議院議員候補を推薦して当選させていた)。

政教分離とは、国家、自治体、公務員が特定の宗教を優遇したり、公金を支出することを禁じていると言うことです。

ですので、総理大臣や議員が、お盆に靖国神社、正月に伊勢神宮に公人として参拝し、公費で玉ぐし料を支払うことを禁止しているのです。また、かつて厚生省援護局が戦死者の個人情報を靖国神社に伝達し、それに基づいて靖国神社が故人を祭神として祀ってきたようなことは憲法違反の疑いが高いのです。

Hideyuki さんのコメント...

http://www.the-journal.jp/contents/hirohashi/2009/10/122.html

「政教分離」というと、1960年代に、創価学会、公明党が「政党」と「教団」の分離をそのように表現しため、間違った認識が広がっている。憲法にいう「政教分離」は、「国家」と「宗教」もしくは「宗教団体」の分離を規定したもので、平たくいえば、行政と宗教の分離というところだ。

この規定は、明治憲法下で国家が神社神道を利用して、全体主義、軍国主義に走ったことから、戦後の憲法で厳格に規定されたもの

匿名 さんのコメント...

創価学会、オウム真理教、幸福の科学は、自分の宗教の政党という形で国政に出ているし、出ようとしましたが、浄土真宗本願寺派は、立候補者さんが自民党だったり、民主党だったりとまったく自由で、今まで地方議員で他の各宗派の住職が村議会議員・市議会議員などに出ていたことの延長のように思い、本質的に異なると思います。

匿名 さんのコメント...
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