2015年3月1日日曜日

【社説】僧侶が吹聴する"日本人は宗教に寛容"という妄想

松山大耕氏(YouTubeより)
最近、「クリスマスと初詣」が共存していることを理由に「日本人は宗教に寛容」だとする僧侶のスピーチが、ネット上でもてはやされています。本当に、日本人は宗教に寛容なのでしょうか。キリスト教、仏教、神道の年中行事に日本人が関わることが、宗教に求められる「寛容」な精神なのでしょうか。


このスピーチは、2014年9月に京都外国語大学で開催された「TEDxKyoto 2014」というイベントにおけるもので、スピーカーは臨済宗僧侶・松山大耕氏。「Reasons for religion — a quest for inner peace」と題して松山氏は、こんなことを語っています。

【YouTube 2014年10月30日】Reasons for religion -- a quest for inner peace | Daiko Matsuyama | TEDxKyoto

(略)
日本人の宗教観は、非常に独特なものがあります。例えば多くの日本人は、キリストの誕生日であるクリスマスをお祝いし、年末にはお寺で除夜の鐘を聞いて、そしてお正月には神社に初詣に行きます。日本以外の方からは、なんて節操の無いと言われることもあるんですけれど、しかしここ日本ではこういった宗教の寛容性というのは一般的です。
(略)
日本では色々な宗教を信じている人がいますが、宗教が違うからといって、争いやもめごとといったことはほとんど起こりません。
(略)
私は世界でも冠たる宗教都市ここ京都から、日本人のもつ素晴らしい寛容性のある宗教観、これをぜひ世界に伝えたいと思います。

スピーチを書き起こした 〈「クリスマスと正月が同居する日本」に世界の宗教家が注目! 寛容の精神に見る、宗教の本質とは〉という記事は、Facebookで8.5万件(2月28日時点)の「いいね!」を獲得し、拡散されています。

しかし、本当に日本人は宗教に寛容なのでしょうか。

■宗教をめぐる弾圧、そして内戦の歴史

日本には、宗教をめぐる弾圧や内戦の歴史がわんさかあります。

13世紀からの「一向一揆」。16世紀、一向宗と織田信長と間で行われた「石山合戦」。豊臣秀吉によるキリスト教禁止。江戸幕府下での内戦「島原の乱」。幕末から明治期にかけての「神仏分離」や「廃仏毀釈運動」──。

秀吉による禁教令の背景には、キリスト教の教勢が広まることで、信長時代の一向宗のような内乱につながることを恐れたことが挙げられますが、同時に、キリスト教徒の大名が領民にキリスト教への改宗を強制したり寺社仏閣を破壊していたという事情もあったようです。秀吉はキリスト教に寛容ではありませんでしたが、当時の日本のキリスト教勢力もまた、日本の宗教に対して寛容ではなかったということでしょうか。

「島原の乱」以降は、江戸幕府がキリスト教徒をあぶり出すため、かの有名な「踏み絵」を行いました。キリスト教徒は「隠れキリシタン」として密かに信仰を維持するしかない時代が長らく続きました。

テレビ時代劇「水戸黄門」で有名な水戸光圀(17世紀の水戸藩主)も、藩内で神仏分離を進め、寺院の半数近くを廃止したり破壊したりしたとされています。目的は仏教排斥ではなく「神仏分離」と不良僧侶の追放だったようですが、幕末から明治にかけて「神仏分離」は「廃仏毀釈」へと過激化し、薩摩藩では明治初期に寺院・僧侶の数が共にゼロになったとかいう話もあるようです。

明治以降の日本政府が神道国家主義を掲げ、1921年と1935年の2度にわたって「不敬罪」などを理由に大本教を摘発した「大本事件」も、国家による宗教弾圧事件として有名です。この時代、キリスト教徒にも逮捕者が出ています。

これらは日本の権力が宗教に不寛容だったことを示す歴史ですが、一方で、寛容ではない宗教団体が社会と対立するというパターンもあります。

先に紹介した秀吉時代のキリスト教にもそういった一面があったようですし、現在、政権与党である公明党の母体「創価学会」は、他宗教を口汚く罵り、いまだに大半の宗教団体はおろか、特定の宗教団体に属さない多くの日本人からも嫌われています。約20年前には、オウム真理教が大量無差別テロを起こし、2つのサリン事件だけでも約7000人の死傷者を出しました。

現時点で日本に宗教戦争が存在していないことは確かですが、そもそも第二次大戦以降、日本は戦争自体をしていません。いま戦争をしている国々と比べれば、日本の現状はぬるいかもしれませんが、歴史的に「寛容」と呼べるほど穏やかな国ではないことがわかります。

■信仰心なき初詣とクリスマス

松山氏の主張の問題点はもうひとつあります。「クリスマスや初詣」が共存する日本人のあり方が、果たして本当に世界に誇れるような「寛容」な宗教観なのか、という点です。

ISSP国際比較調査(宗教)2008」によると、「宗教を信仰している」人の割合は39%(仏教34%、神道3%、キリスト教1%、その他1%)。それでいて、「初もうで」を「よくする」人は55%もいました。「したことがある」人を加えると92%にものぼります。

初詣はもはや、「信仰」という自覚を伴わない宗教行事なのです。

上記の調査と調査法や対象者がだいぶ異なりますが、2014年にマーケティング会社が行った「クリスマス」についてのネット調査を見てみましょう。

「クリスマス」に関するWEBアンケートによると、クリスマスに「特に何もしない」と答えたのは35.2%。何かする人たちは何をするのかというと、 「クリスマスツリーやリースを飾る」(26.8%)、「家族とクリスマスパーティをする(25.0%)、「プレゼントを買いに行く(14.4%)。いずれも複数回答で、以下、「イルミネーションを見に行く」「仕事・バイトをする」「旅行へ行く」などなど。「イエス・キリストの誕生を祝う(教会に行く)」は0.3%しかいません。

クリスマスもまた、日本人にかかれば「信仰心とは無縁の宗教行事」です。

■受け入れ可能なものを受け入れるのが「寛容」か?

クリスマスや初詣は、信仰と関係ないからこそ、季節の行事として、各種産業が利益を追求するためのイベントとして、カップルがいちゃつく口実として、若い人々すらも受け入れているのでしょう。日本人にとって受け入れてもよいもの、あるいは受け入れるメリットがあるものだったにすぎません。

多くの宗教家が、宗教の「寛容」を説きます。しかしそこで言う「寛容」とは、受け入れても構わないものを受け入れることなのでしょうか。それは、世界の宗教問題に対して何の役に立つのでしょうか。

受け入れても構わないものを受け入れるだけであれば、日本に限らず世界中のどの国でもどの宗教でもすでに行われています。そして、それによって宗教対立や戦争が世界からなくなったりはしていません。

「寛容」の精神とは、受け入れがたいものに対して発揮できるものでなければ、意味を持ちません。松山氏は、「寛容」の意味も理解できていないようです。

■化けの皮は剥がれている

松山氏のスピーチはFacebookで8.5万件(2月28日時点)の「いいね!」を獲得し拡散されていますが、松山氏の言説の浅はかさに気づいている人が皆無というわけでもありません。



最後のコメントに登場する「キュレーションのジャーナリスト」というのは佐々木俊尚氏のことで、「草生えた」というのは、「笑っちまった」というような意味です。つまり、松山氏のスピーチを「深い」とか言ってしまった佐々木氏もまた一般の人に嘲笑されているという構図です。

普通に考えれば、宗教に造詣が深くない人ですら簡単にツッコミを入れられるレベルの話です。

ちなみに佐々木俊尚氏は一昨年、「世界宗教だって原始段階ではだいたいカルト」というわけのわからない理屈で幸福の科学を擁護し、幸福の科学からお金をもらって教団幹部と対談してしまった御仁です(佐々木俊尚氏(実物)が幸福の科学とコラボで炎上中)。なぜかご本人は宗教についていろいろ発言するのですが、ことごとくその度に馬脚を現してしまいます。

■宗教者が推進する"宗教の空洞化"

宗教に対する日本人の無頓着さは、「クリスマスと初詣」どころではありません。仏教や僧侶と葬式などでしか接しない人が増え、その葬式ですら、仏教の形式を取らず僧侶も呼ばないケースが広まりつつあります。信仰を持つ人々を見下す風潮すらあります。宗教を信じる人を「何かに頼らなければ生きていけない弱い人」とネガティブに捉える意見に触れたことがある人は、少なくないでしょう。

これは「寛容」ではなく、明らかに宗教の空洞化です。

その中で、特に仏教者に対しては、神聖視しないどころか、むしろ俗世の標準すらも下回るダメな人種と捉える向きすらあります。あるキャバ嬢は、本紙の取材に対して、こう語ります。

「お坊さんのお客さん、ときどき来ますよ。お坊さんがキャバクラに来る時点でどうかと思うんだけど、キャバクラ遊び以外にも贅沢な遊びをしていて、それを自慢してくる。お坊さんって、こんなに下衆なんだあと思った」

さらに、伝統仏教業界に詳しい事情通は、匿名を条件にこんな話を聞かせてくれました。

「坊主なんて、集まればキャバクラどころか深夜まで飲み歩いてピンサロとかソープに行ったりもしますよ。そして翌日には悪びれもせず“酒を飲んでる人も風俗に行っている人も見捨てないのが仏の救い”だなんて言い放ったりするクズです」

実際には、信仰にしろ社会活動にしろ、真剣に誠実に取り組んでいる宗教者もいます。しかし、すでに宗教との接点が日常生活から消えている人々にとっては、身辺で見聞きするロクデナシ僧侶の行状、知識人ヅラしてネットや一般メディアで出しゃばる僧侶の胡散臭い美辞麗句、そして僧侶を巡る事件の報道くらいしか、僧侶のイメージを構成する材料がありません。

そこにもってきて、日本の歴史も「クリスマス」の実情も知らず、「寛容」の意味すらもわかっていない松山氏のような僧侶が、上っ面だけの美しい言葉で自分を含めた日本の宗教を自画自賛する。こんなことだから日本の僧侶はバカにされるのだという、お手本のようなスピーチです。

こうした僧侶は、日本の仏教の空洞化に歯止めをかけるどころか、むしろ推し進めていく側の人間でしょう。

伝統宗教の体たらくは、カルト宗教がのさばる遠因になっている印象もあります。一方で伝統宗教の世界には、宗教者としての知識・見識を動員してカルト問題に取り組んでいる人々も少なくありません。伝統宗教が力を失っていくことは、「カルト問題」だけとってみても、日本社会において大きな不利益につながります。

仏教者の皆さん、この松山氏に、もうちょっとお勉強するように勧めてあげた方がいいのではないでしょうか。

◇参考サイト
「クリスマスと正月が同居する日本」に世界の宗教家が注目! 寛容の精神に見る、宗教の本質とは
日本人は異なる宗教に寛容なのか【瓜生崇】


追記(2015.03.01)
記事掲載後、風俗にかんする僧侶のエピソードが寄せられたので追記しました。

48 コメント:

匿名 さんのコメント...

地元の神社のお祭りに使われる費用を
町内会で会費として集め
熱心なクリスチャンが拒否すると
「私も仏教徒だけど払ってるのよ」
と言い放つような寛容。

無知が無知ゆえに自分の不寛容を寛容と勘違いしてるんだろうな。

匿名 さんのコメント...

取り潰される予定になっていた伊勢神宮や靖国神社を守ったのはキリスト教です。
神社の祭礼は宗教的な意味合いというより地域の和のためのものと考え、会社の命令でこれも仕事の一つと割り切ってみこしをかつぐとか、中には順番で回ってくるので寺の檀家総代を務めなくてはならないクリスチャンもいます。キリスト教といってもいろいろです。

匿名 さんのコメント...

伝統宗教はもっと慈善活動をすべきですよね
そうすれば、カルト対策にもなる気がします

匿名 さんのコメント...

>佐々木俊尚氏(実物)が幸福の科学とコラボで炎上中)
このリンクが読めませんね。

この松山氏は日本の宗教の歴史を全く知らないんでしょうね。

藤倉善郎 さんのコメント...

申し訳ありません。佐々木俊尚氏の記事へのリンク修正しました。ほかのリンクもガタガタだったので、一緒に直しました。

匿名 さんのコメント...


>「お坊さんのお客さん、ときどき来ますよ。お坊さんがキャバクラに来る時点でどうかと思うんだけど、キャバクラ遊び以外にも贅沢な遊びをしていて、それを自慢してくる。お坊さんって、こんなに下衆なんだあと思った」

>「坊主なんて、集まればキャバクラどころか深夜まで飲み歩いてピンサロとかソープに行ったりもしますよ。そして翌日には悪びれもせず“酒を飲んでる人も風俗に行っている人も見捨てないのが仏の救い”だなんて言い放ったりするクズです」


なんだかんだ言いながら、発言引用の体裁を取りつつ、結局のところ仏教者かなり酷くdisってる藤倉の記事に草不可避wwwww

匿名 さんのコメント...

ま、仏教者ディスりたいのが藤倉の本音やろな。まるわかり。

匿名 さんのコメント...

自分のコメントに反応があったので、つけ加えます。
もちろんクリスチャンもいろいろ。

ただ厳格な信仰を持つ人に、ここでいうような日本的な寛容を押し付ける態度の
どこが寛容なんだよって例を示したまでです。

匿名 さんのコメント...

織田 無道を思い出したよwwww
今、何してるんだろう?

https://www.youtube.com/watch?v=n3oorEGyNnc

匿名 さんのコメント...

匿名 さん
2015年3月2日 10:44

>自分のコメントに反応があったので、つけ加えます。

何か反応ありましたか?

匿名 さんのコメント...

日本人が宗教に寛容?
よくまあ、こんなウソつけたものですね
もし、宗教上の理由で私はこれこれできません(酒を飲めない、車を運転できないなど)と真顔で言ったらたちまち変な人扱いされてハブられるでしょう
この国の人間が自分たちと違った信仰や生活習慣を受け入れるほど寛容なんて信じられませんよ

匿名 さんのコメント...

僧侶に関しては、創価学会も似たような主張をしているんだよね。
で、創価学会はカルトなのか?
折伏が仏法対話に代わり、均衡縮小に向かっているとは言え、未だに世界布教を目指している日本最大の新宗教に対して、具体的な記事が少なすぎるような気がします。

匿名 さんのコメント...

私も創価学会は好きではありませんが、創価学会が他宗教を謗っていることは書いても戦時中に弾圧を受けたことは大本のことだけ書いて創価(教育)学会は華麗にスルーってのはアンフェアですな

匿名 さんのコメント...

藤倉もエイトも創価学会はほとんど批判しないんだよね。

ほんと不思議。

匿名 さんのコメント...

創価学会は金と政治力もあるからね。
喧嘩を吹っ掛けるようなまねをすると
シャレにならん事になるよ。

匿名 さんのコメント...

へー政治権力に媚びへつらってる訳か藤倉とエイトは

京都人 さんのコメント...

せっかくなので、私も一言。
京都でビジネスをする者ですが、各宗派本山の高位僧侶ですら、夜になるとママチャリに乗り祇園へ繰り出しキャバクラをハシゴしているのは有名な話です。
また、地方僧侶も京都の本山へくる時は市内ホテルに泊まり祇園へ繰り出します。
京都の各宗派本山は宗教法人格を持たない地方寺院から上納金が取れる上に、観光収入もあり、かなり潤っています。内部の状態は大企業経理部さながらで、唯一の違いは坊主頭か否か、というくらいです。
宗教法人に対する課税強化は考え始めても良いのではないでしょうか。

匿名 さんのコメント...

匿名 さんは書きました...
2015年3月3日 3:03
>へー政治権力に媚びへつらってる訳か藤倉とエイトは

お前アホか?
国民の1割上の信者数、大手企業の大株主、大口顧客、マスコミ関係の大口広告料とか払って、影響力が強いのに、そんな中フリージャーナリストとして食っていけるんなら批判してるだろ!

匿名 さんのコメント...

日本は宗教的に「無個性」なので、寛容かどうかという議論はナンセンスでは。

匿名 さんのコメント...

まーでもイスラム国とかに比べたら寛容でしょ。

匿名 さんのコメント...

創価学会について
2014年の衆院選での公明党の得票数は730万票だから、半分はフレンドだとしても、実働365万人の会員数を誇っていることになる。
テロとの関連では、テロは(上座部の)灰身滅智に繋がる、身を焦がし教えを絶やす、よろしくないない行動と会員向けには教えていた。

匿名 さんのコメント...

>実働365万人の会員数

信者数は827万世帯だと公式サイトに書いてあるんですけどね~~~wwwww

匿名 さんのコメント...

世帯に説得力はないよ。家族のうち一人だけでも全員勝手にカウントして報告してるんだってよ。行政が把握しなければならないときも世帯でなく人数で、自称も当然ダメ。

だいたい、よその家が何人家族とか、なんでしってんのか、そっちのほうがキモい。

匿名 さんのコメント...

このお坊さんと似たようなこといってる詐欺師が、いっぱいいるよ。
キャバクラのお姉ちゃんが神社の親戚とか、檀家だったら 別にいいんじゃないの。まあ一般的には信頼されない行動だとは思うが領収書ちゃんとしてるとか、詐欺師でなければ。 行きたくても行けないで痴漢でニュースのるよりは。

匿名 さんのコメント...

信者数は827万世帯で、しつこく親戚知人友人に投票依頼の電話をかけて、730万票とはね~wwwww

匿名 さんのコメント...

日本には天皇教という大いなるタブーが……。

匿名 さんのコメント...

>取り潰される予定になっていた伊勢神宮や靖国神社を守ったのはキリスト教です

いや、そこは「アメリカ」とか「GHQ」って書くべきところでしょ。

「キリスト教もいろいろ」とか言って、神社を守っただの日本的「和」を尊ぶことを信仰より上位に置くクリスチャンもいるだのと自慢げに述べる(あなた自身は気づいてないでしょうが)こと自体が、すでに「キリスト者の信仰道徳」に対する無神経さの表れであり、宗教そのものへの不寛容なのだと私は思いますがね。

匿名 さんのコメント...

何言ってんだ?

もしアメリカが伊勢神宮や靖国神社を取り潰したら、そりゃ不寛容だと言われるでしょ。
実際には取り潰さなかったんだから、その点ではアメリカは寛容だった。
少なくともお前よりはな。

匿名 さんのコメント...

別に坊さんがキャバクラ行こうが風俗行こうがどうでもいい。
藤倉は殊更にそこを強調したいようだけどな。

匿名 さんのコメント...

寛容でもあり、空洞化でもある。2つは同じ現実の一長一短なのだから。見解の違いにすぎない。

匿名 さんのコメント...

>実際には取り潰さなかったんだから、その点ではアメリカは寛容だった

占領軍の親分が靖国とかを温存したからって、それは政治判断としてそうしたって考えるのが常識でしょ。一般的宗教感情とは別次元の話。

それに私にとって、前のコメントの本題はあくまで後半にありますんで、何か指摘するならそちらの方でお願いしますよ。

>少なくともお前よりはな

意味のない捨てゼリフ。恥ずかしくないの?

匿名 さんのコメント...

キリスト教がいろいろなのは事実だろ。

進化論を否定するキチガイからイエスの復活を否定するヤツまでいるぞ。

匿名 さんのコメント...

坊さんが風俗行くのはまあ、ありだと思う。
昔から内輪のセクハラ、性暴力とか聞くし。

不満なのはお寺が中間団体として機能してないこと。
縁切り寺って今はあるのか?
家出人、ホームレス等が駆け込める場所ではないよね。

ヤクザがやってるブラックなホームレス宿泊所
とか最悪です。
高齢者施設も安いところはブラック。
市場原理に任せるとそういうものばかりできる。

宗教者が金に執着するってどうなのか?
宗教法人への課税はややこしい。
やったら国家権力が強まる。
でも放っておいて宗教が自浄するとも思えない。

匿名 さんのコメント...

>神社の祭礼は宗教的な意味合いというより地域の和のためのものと考え、会社の命令でこれも仕事の一つと割り切ってみこしをかつぐとか、中には順番で回ってくるので寺の檀家総代を務めなくてはならないクリスチャンもいます。キリスト教といってもいろいろです。

「地域の和」それこそが同調圧力という宗教的不寛容さの象徴だ。キリスト教徒は「村八分にするぞ」「会社をクビにするぞ」という強要と脅迫のもとで神社や寺院の行事への参加を強いられているのであって自発的に参加しているのではない。サービス残業を同調圧力で強いられる「日本の労道現場」と似た構図がある。

カルトのなかにはそういう村社会や会社の圧力関係を用いて執拗な勧誘を行うことがある。決して「キリスト教もいろいろ」などと擁護すべきことではない。

匿名 さんのコメント...

擁護?何を?

キリスト教がいろいろなのは事実ですよ。

匿名 さんのコメント...

>神社を守っただの日本的「和」を尊ぶことを信仰より上位に置くクリスチャンもいるだのと自慢げに述べる(あなた自身は気づいてないでしょうが)

そもそも、これが間違い。

自慢げに述べてるようには見えないし、町内会費を拒否する「熱心なクリスチャン」がいる反面、檀家総代を務めるクリスチャンもいる、という事実を述べたまででしょ。

被害妄想ですよ。 

やっぱり「熱心なクリスチャン」は怖いですねw

匿名 さんのコメント...

キリスト教が迫害された歴史を述べたら100%西洋の侵略ガーって返ってくる、もううんざりだ

匿名 さんのコメント...

実際のところイスラム人●で欲しいとか言ってる時点で寛容には程遠いと思う

匿名 さんのコメント...

は?

匿名 さんのコメント...

匿名 さんのコメント...

>日本の現状はぬるいかもしれませんが、歴史的に「寛容」と呼べるほど穏やかな国ではないことがわかります。

では歴史的に見て寛容と呼べる国というのは、どこのどの国なのだろう?後学のため一つで良いから具体名を挙げて欲しい。


>信仰心とは無縁の宗教行事

いやいや、真面目な信仰心から他人の信仰に迫害を加える人間なんて、そうそういるものではないと思っています。
だって信仰心って目に見えないものだから、真面目にその部分で自他の信仰を峻別しようとしたら、仏教とか神道とか、そういう表面的違いは…表面的違いですからね。
そういう表面的な単なる宗教行事で争わない事こそが宗教的寛容だと思いますよ。


そして最後に、受け入れがたいものを受け入れて下さる寛容なる宗教家ってのが、実際どこかにいるのなら、または、いたのなら、この人です、と教えて頂きたいものです。
まぁ、主観的になら、最初に受け入れのハードルを上げてしまって、誰でも簡単に受け入れられるようなことを「受け入れがたい」と叫んでおいて、そこから値切り交渉の駆け引きをウダクダやれば、「ほら、受け入れがたいものを受け入れました」って言えるんでしょうが。

匿名 さんのコメント...

日本人は宗教が怖いんですよ
逆にキャバクラピンサロに行かない糞まじめな坊主がいたらみんなに粗探しされるし叩かれますって
真面目な宗教があったとしたら絶対に村中町中で叩かれると思います
異質なものは怖い
ピンサロに行くような人間のほうが人間らしくていい、と安心されるはずです
宗教者として不正解ですが日本人としては正解だと思いますよ

匿名 さんのコメント...

過去の出来事ばかりに焦点を当てて寛容では無いと言うのはアホの極みだな。
過去の過程があったからこそ現在の結果が有るんだよ。初めから完成された思想やものがあるわけなし、何時までも完成することは無い。
ベストを追い求めるのではなく、ベターなところで収められたからこそ宗教の自由っていう概念があるのだよ。

匿名 さんのコメント...

松山さんが日本の寛容な宗教観なるものに加え、神道の影響を受けた日本で独自に洗練されてきた仏教のスタイルがあると主張しているという前提があるからです。またいわゆる一神教であるキリスト教は非寛容であり日本は寛容であると説く方々が西暦1千年ごろの十字軍などに触れながら何故か切支丹弾圧や廃仏毀釈をスルーしていることも残念ながら見受けられます。

匿名 さんのコメント...

キリスト教徒は侵略の意図があったし女性を性奴隷としてかなり連れていってただろ
規制されて当然だわ

匿名 さんのコメント...

どうして批判しなければならないのか? もっと奥深く考えてください。彼は何を訴えているのか理解できないのでしょうか?
表面だけの批判が多いのに、失望しました。

匿名 さんのコメント...

「創価学会は、他宗教を口汚く罵り」とありますが,釈尊の説いた教えに基づいているだけです。それがおかしいと言うのなら,釈尊の教えを論理的に批判するべきです。感情的な表現を拡散するのはいかがなものでしょうか。

匿名 さんのコメント...

キリスト教を排斥したのは、キリスト教徒が日本人を奴隷としてヨーロッパに拉致していたからです。要するに、キリスト教は宗教を隠れ蓑にした白人の侵略行為・野蛮行為の元凶たる犯罪組織であったため、禁止したのです。同様に日本の権力者が特定の宗教を弾圧したことはありますが、それは宗教団体が力を持ち政治に口出しをしたり、社会の調和を乱したときに限ります。原則、日本は宗教に限らず、異文化に寛容です。ただし、和を見出し日本の平和に害をなすものについては不寛容です。違う言い方をすれば、「不寛容」なものに対して「不寛容」です。キリスト教は「キリスト教以外は異教」とする不寛容な宗教だったので、禁止されたと言えます。日本の最近で起こった「宗教に対する不寛容」は「オウム真理教」です。「オウム真理教」は人を拉致し、殺し、日本の平和の脅威となりました。それで排除されました。中世のキリス教と同じことをやったので、禁止され、信者や麻原教祖は逮捕されたのです。