2009年9月4日金曜日

開票速報 in 幸福実現党本部


党本部を出入りする報道陣と党関係者(8月30日)
 2009年5月23日、一つの政党が産声を上げた。
 幸福実現党。
 政権交代が現実のものとして語られるようになった2009年の日本において、彗星の如く現れた政党である。
 「幸福実現党は、宗教法人『幸福の科学』を母体にした政党です」とチラシにも書かれている。幸福の科学の大川隆法氏を総裁として掲げるこの政党は、日本全国のほとんどの選挙区に候補者を立てる(比例区候補者を含めれば337人の候補者)という、大胆な戦いに討って出たのである。
 彼らが何を目的にしているのか、それは解らない。

 その掲げる政策については、賛否はあるだろうが、ここでは述べるつもりはない。
 2009年8月30日。この歴史が動いた日に、私は東京・銀座の幸福実現党の本部にいるのだ。
 その喜びをかみしめながら、私は歴史の生き証人になろうと思い、ここに開票速報の様子を記そうと思う。

 2009年8月30日 20:00 開票開始。
 テレビ報道では、その瞬間に向けてカウントダウンが行われる。午後20時になった瞬間、民主党の地すべり的大勝が報道される。民主党が300議席を越える見通しが語られる。政権交代が確実になった瞬間である。
 出口調査の結果が次々と報道される。自民党の大物議員ですら厳しい結果。
 予測していたとはいえ、衝撃的な結果だ。
 この選挙結果が何に由来するのか、何をもたらすのかについては、メディア、ネットのあらゆる場所で語られるであろうから、ここで述べることはしない。
 私は、幸福実現党本部5階のプレスルームで起きていることを、伝えることに専念しようと思う。
 記者会見本部のテレビから流れるニュースに、私たちは釘付けになっていた。
 次々と当確の報道が打たれるが、幸福実現党の候補者には当確は出ない。出口調査の結果が報道されるが、幸福実現党の候補については何も語られない。

 21:40頃 民主党鳩山代表、会見。
 テレビの向こうでは、鳩山代表が慎重に言葉を選んで記者たちの質問に答えている。
 幸福実現党の記者会見席には、誰も座っていない。
 候補者一覧のボードには、一輪の花もついていない。


テレビで民主党幹部の会見が始まっても幸福実現党幹部の姿はなし(8月30日)

 22:17頃 麻生総理、会見で党総裁を辞任するという趣旨の発言。
 開票開始時点で予想されたこととはいえ、報道に見入ってしまう。
 記者会見席には人はいない。
 その後、NHKの選挙特番では、各党の代表者の会見が次々と報道されていく。しかし、幸福実現党の記者会見本部の様子が報道されることはなかった。

 23:16~23:41 幸福実現党の広報の方が現れる。
 比例の結果が全て判明した後、翌日の10時に会見を行う予定であると表明。
 途中経過についてのコメントは無いかとの記者の質問に対して、比例の結果が判明してから、まとめて会見を行う予定であると回答。
 静かだった場が一転、騒然する。現時点のコメントを出して欲しいと食い下がる記者。広報の方は一旦上層部に聞きに行ったが、戻ってきて、現時点でのコメントは出せないと回答。
 幸福実現党の選挙結果だけでなく、政権交代についてどう思うか、各党の関係者が会見しているが、ぶら下がりという形でもコメントを頂きたい、「今日出さないと意味が無い」と記者の方が当然の要求をしたが、翌日10時まではコメントはできないと、頑として拒否していた。
 全て確定しているわけではない現時点では、「出せるものがない」「出なくてもやむを得ない」と発言し、何らかのコメントをするためにも、全部の結果が判明する必要があると回答した。
 記者の方々も、納得がいかないと言っていたが、ぶら下がりのコメントさえ拒否して、エレベーターに乗って去っていった。
 ぶら下がりのコメントすら出せない理由が何なのか、私には解らない。
 ただ、広報の方が帰っていった後、記者会見席の後ろにずらりと並ぶ候補者一覧のボードが、とても現実感のないものに見えた。

 23:55頃
 再び広報の方が現れ、ニュースリリースを渡される。翌日午前10時に記者会見を行うという趣旨の内容であった。
 私たちは帰る準備を始めた。


投票から一夜明けて……(8月31日)

 翌朝。480議席全てが確定した。
 自民党119議席、民主党308議席。
 幸福実現党の議席はゼロであった。

 2009年8月31日 9:40
 幸福実現党本部5階の記者会見本部から、幸福実現党の候補者一覧が無くなっていた。
 代わりに、幸福実現党のロゴと、「幸福実現党 スタート! ジャパニーズ・ドリーム!」という文字が書かれた垂れ幕が掲げられている。

 10:00 記者会見開始
 昨夜に比べると、メディアの人も少なめである。
 党首代行の本地川瑞祥氏、幹事長の小林早賢氏が記者会見席に座り、広報本部長の田中じゅんこ氏が司会を務める。
 選挙の総括について、「立候補社名、党名の定着・浸透が不十分」だったと総括した。幸福実現党のホームページニュースリリースが公開されているので、全文引用させて頂く。
【幸福実現党ホームページ 2009年8月31日】幸福実現党 総選挙の結果を受けて(PDF)

 2009年衆議院議員選挙においては、当選者を出す結果には至りませんでした。私どもの政策に賛同して下さり、この暑い夏を共に走り続けて下さった支援者の皆様にお詫び申し上げるとともに、国民の皆様から頂いた多くのご支援に、心よりの感謝と御礼を申し上げます。
 立党してより約3ヶ月、国防や経済問題等、日本が直面する内憂外患の危機を回避し、これからの日本に必要な未来ビジョンを示すべく、私たちは戦って参りました。
 今回、小選挙区で107万票の得票を頂くことになりました。しかしながら、当選者を出すにいたらなかったことは、立候補者名、党名の定着・浸透が不十分で、政権交代選挙の前では通用しなかったためと真摯に受け止めたいと考えます。また、選挙区によっては、母体である幸福の科学の信者数にもはるかに届かない得票数もあり、信者の信仰と政治選択に分離があるものと思われました。
 根本的には、本党の主張した正論が国民に十分には理解されなかったものと思われますが、国難への警鐘を鳴らしたという点で、宗教政党としての重要な使命は果たしえたと思っております。また、この選挙戦を通じて、既存政党に替わる“新しい選択”としての「幸福実現党」への国民の皆様のご期待を肌で強く感じることができました。
 今後、慎重に検討を重ね、次回参院選に挑戦する折には、適性ある候補者を選び、事前の政治活動を充実させていきたいと考えます。今後とも皆様のご支援、ご指導をよろしくお願い申し上げます。

 2009年8月31日
 幸福実現党
 幹事長 小林早賢


会見が始まっても、取材陣はほんのわずか(8月31日)

 新聞記者の、来年の参議院議員選挙には出馬するのかとの質問に、明言はしないものの、検討していると答えた。
 大川隆法総裁は選挙結果をどう捉えているのかという質問には、先程の総括の通りであり、時代が私たちの政策を求めてくる時が来る、手応えを感じたと回答。
 幸福の科学を母体とする宗教政党ならではの質問もあった。
 東京大学で宗教を研究している方から、教団の施設、資金借り入れに関する見解を問われたが、法律上問題はないと考えているが、将来的には自立していくつもりであると回答していた。
 本紙代表の藤倉も「幸福実現党から立候補のドクター中松はクリスチャン?」のエピソードを取り上げて、宗教団体が活動していることのメリット、デメリットについて質問した。
 デメリットとして、堂々と宗教政党を名乗っている前例はないので、理解を得るのに時間が掛かったことだと回答していたが、宗教絡み以外で政策として賛同してくれる人との出会いがあったと発言していた。
 記者会見は淡々と行われ、30分足らずで終了した。

 開票当日のうちに、一言二言のコメントでも出しておけば少しは違ったのかもしれないが、幸福実現党についての報道はとても少なかった。
 まるで泡沫候補のような扱いである。
 確かに議席獲得には遠く及ばなかった。政権交代をもたらした今回の選挙は、日本の歴史に残る大事件であり、その重要性に比べれば些細なことと言えるかもしれない。
 しかし、「北京で蝶が羽ばたくと、ニューヨークで嵐が起こる」という言葉があるように、些細な言動が、将来において大きな影響を与えることもあり得るのだ。
 幸福実現党の結党、今回の総選挙への参戦が、今後どのような波紋を広げていくのか、それは私には解らない。
 私にできることは、この30日、31日に幸福実現党本部で起きたことを伝えることだけである。

 ……いやぁ、開票速報を党本部で見るという、得難い体験をさせて頂きました。
 とても面白かったです。

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