日本統合医療学会・渥美和彦理事長(右) |
■民主党に食い込んだ業界団体
「統合医療」とは、「近代西洋医学を中心として、伝統医学、相補・代替医療を統合し」たもの(日本統合医療学会(IMJ)サイトより)です。しかし日本統合医療学会を構成する18学会は、鍼灸・アユルベーダ(インド医学)・ホメオパシー・カイロプラクティック・磁気両方・気功・絶食療法・音楽療法・ヨガ等、大半が民間療法に関するす学会です。医療関係者・研究者も多くかかわっていますが、学会の構成で見ると、「近代西洋医学」の世界からは明らかに断絶しています。
同会では以前から統合医療推進の働きかけを行っており、2008年には「統合医療を実現する超党派議員連盟の会」(会長は綿貫民輔氏、副会長は鳩山首相)が結成されたり、民主党内で「統合医療を普及・促進する勉強会」(会長は鳩山首相)が開催されるなどしてきました。
2月に発足した厚労省のプロジェクトチームは、検討する民間療法の例の一覧を資料として配布しています。これは、米NIH(National Institutes of Health = 国立衛生研究所)作成のリストを日本統合医療学会がアレンジしたもので、同学会が鳩山首相に宛てた要望書の中に記載されていたものです。厚労省のプロジェクトチームは、統合医療学会作成のリストをそのまま資料として使用しています。
民間療法の推進を直接手がけているのは民主党と鳩山首相ですが、そこに影響を与えているのは、日本統合医療学会です。
■要望書を公表しない日本統合医療学会
通常、業界団体などが政府などに要望書を提出する際、少なくともその概要くらいは自分たちの公式サイトに掲載することが多いように思います。後ろめたい要望でもない限り、要望した事実自体が団体のアピール活動にもなるからでしょう。
ところが日本統合医療学会は、「これまで何度も要望書は出している」(渥美和彦理事長)としながらも、その要望書を一切公表していません。そのため、要望の内容はおろか、彼らが具体的にどういった種類の民間療法の推進を政府に求めているのかすらわからない状態でした。
本紙・藤倉は2月末から、要望書の開示を同会に求めて取材依頼を行っていましたが、はっきり返答がないまま、全く関係ないテーマのイベントの宣伝記者会見の案内が送られてくるなど、意味不明な対応を受けていました。結局、その間に、厚生労働省の役人や、統合医療推進に反対する日本医師会のウェブサイトなどを通じて、必要な情報を入手しました。
3月19日、日本統合医療学会が連絡してきた全く関係ないテーマの記者会見で、なぜ要望書を公表しないのかを渥美理事長に尋ねてみました。
──なぜ要望書を公表しないのか、理由を知りたい。
「公開しないわけではない。隠すつもりもないし、公開しますよ」
──いつ?
「(3月)28日までには。あとで彼(広報担当者)に行ってください。送らせますから」
──この要望書(厚労省資料にあったもの)は、誰宛に送ったものですか?
「鳩山首相です。それが、首相から厚労省に送られた。民主党や政府あての要望書は何度も送っている」
会見の後、広報担当者が、要望書をこれまで公表しなかった理由についてこう語っていました。
「以前、うちが作った書類が捏造されてバラ撒かれたことがあった。だから、直接会った人にしか資料を渡せなかったんです」
ニセモノ文書がバラ撒かれるなら、なおのことホンモノを自分たちのサイトに掲載した方がいいと思うのですが。ましてや国の政策に影響を与える活動をしていながら、その具体的内容を国民に示さないのは、あまりに不誠実です。統合医療には「インフォームドコンセント」という概念はないのでしょうか。しかも、国民に情報を開示しない理由が「自己保身」だとなると、この団体にこのまま影響力を持たせておくことは非常に危険なのではないかと感じます。
後日、広報担当者から要望書が送られてきました。しかしそれは、厚労省のプロジェクトチームの会合で配布された資料一式。すでに日本医師会のサイトで公表されていたものと全く同じものでした。その中には、昨年10月付の要望書「国家プロジェクトとしての統合医療に関する提言」しか含まれていません。渥美理事長はこれまで複数の要望書を政府に送っていると言っていたのに、結局、それらを公表する気はないようです。1カ月近く彼らに取材要請をしてきましたが、全くの無駄に終わりました。
■国民にナイショで、政府に1,800億円要求していた
日本統合医療学会ではなく日本医師会によって公表された、日本統合医療学会の要望書は、どんな内容だったのでしょうか。「国家プロジェクトとしての統合医療に関する提言」は、民間療法を推進する意義として、以下の点を挙げています。
・患者中心の医療ができるようになる。
・癒しを含めた全人医療ができるようになる。
・予防中心の医療に転換できる。
・統合医療によって医療費を削減できる。
そして推進のための課題として、
・有効性、安全性の検証
・費用対効果の検証
・代替医療従事者の資格問題
・混合診療問題
を挙げ、これを解決するために、国立統合医療センターや国立統合医療大学の設立、地域での臨床・教育・研究を行うための「医療特別地区」の設置を求めています。その予算として、4年間で1,800億円を提示しており、内訳はこうです。
1) 医療特別地区費 = 年間200億円(4年間800億円)
2) 国立統合医療センター設立費 = 年間50億円(4年間200億円)
3) 教育費 = 年間100億円(4年間400億円)
4) 研究費 = 年間100億円(4年間400億円)
合計 年間450億円、4年間1,800億円
■「効果が同じなら」医療費は削れる……だろうけど
上記の予算は研究推進の予算であって、民間療法の保険適用や資格制度化のための予算ではありません。それらは当然、この1,800億円とは別途かかるものです。その額について日本統合医療学会の「提言」は具体的に説明していませんが、医療費についてはこう説明しています。
【国家プロジェクトとしての統合医療に関する提言 2009年10月13日】「代替医療の導入による医療費の節減
仮に高齢者の医療サービスの1/3を代替医療で置き換えると、高齢者医療費の1/2×1/3、つまり1/6、約16.6%が節減されることになる。別表によれば、代替医療費は、近代医療費の1/5とすると、16.6%の4/5となり、13.3%節減されることになる。この数字は、各症状と代替医療により異なるため、医療特別区(仮称)で現実のデータを検討する必要がある。表2は10年前の米国におけるデータであり、我が国の実態による再検討が必要である。
(略)
「提言」では「高齢者の医療費は医療費全体の50%」という記述があります。「高齢者医療費の1/2×1/3」というのは、おそらく「医療費全体の1/2×1/3」の書き間違いでしょう。
しかし「正規医療の1/3を代替医療に置き換える」という数字の根拠はナゾのまま。それが正規医療と民間療法のバランスとしてちょうどいいとか、あるいは最低限このくらいは民間療法が占めても同等の治療効果を保証できるとするデータが添付されているわけでもありません。
参考資料とされている表は「10年前の米国におけるデータ」ですが、出典元が記載されていません。出所不明です。しかも、たとえば「痴呆症」の項だけ見ても、「銀杏の葉っぱに100ドルかければ、正規医療の薬に480ドルかけるのと同じ時間内で同じ効果が出るんですか?」という疑問は解消されません。
仮に効果が皆無ではないにしても、効果が出るまでの時間や効果の度合いの差を明示していないデータを元に「正規医療とこれだけ入れ替えればこれだけ安くなります」と試算しても、意味はないでしょう。
■厚労省もコピペした、民間療法リスト全項目
日本統合医療学会の要望書のクオリティは、これでだいたい判断がつくのではないかと思います。前述の通り、厚労省のプロジェクトチームでは、同学会が作成した民間療法リストを資料として使用しています。では、そのリストには、どんなものが含まれるのでしょうか。すべて掲載します。
【国家プロジェクトとしての統合医療に関する提言 2009年10月13日】表1 相補・代替医療の分類[米国、国立衛生研究所(NIH)を改変]
1) 伝統医学
①中国医学
②漢方
③鍼・灸
④アーユルベーダ(インド)
⑤ユナニ(アラブ)
⑥チベットなどの地域伝統医学
⑦ホメオパシー
⑧自然療法
2) 用手療法
①マッサージ
②指圧
③柔道整復・整骨
④カイロプラクティック
⑤オステオパシー
⑥リフレクソロジー
3) 自然薬
①漢方薬
②ハーブ
③アロマテラピー
4) 食事・ライフスタイル
①食事療法
②断食療法
③健康補助食品
④水
⑤ビタミン、ミネラル
5) 身心相関
①精神療法
②心理療法・催眠療法
③バイオフィードバック
④瞑想
⑤カウンセリング
⑥ヨーガ療法
6) その他
①温泉療法
②磁気療法
③オゾン療法
④気功
⑤その他のエネルギー療法
これらが「玉石混交」であることは日本統合医療学会関係者も認めています。しかし「玉石混交」以前に、このリストの分類の大雑把さもツッコミどころのような気がします。
一般的には「疑似科学」として一蹴されているホメオパシーが「伝統医療」だったり、ただ「水」としか書いていない項目があったり。「カウンセリング」というのもまた大雑把な話で、じゃあ、統一協会信者に対して脱会するよう説得する「脱会カウンセリング」も健康保健がきくのか?と、意地悪なことを言いたくなります。
保険適用や資格制度を国家プロジェクトとするには、効果・安全性についての検証は当然必要です。しかし、たとえばただの砂糖水を薬だと称して処方するホメオパシーのようなものは、はなっから検証するまでもありません。それを検証することに税金を使われること自体、問題があると思います。
民間療法の世界が玉石混交なのは仕方ないにしても、国の制度を検討する場面において用いられるリストが玉石混交では、お話になりません。日本統合医療学会は、国民に知らせないまま政治家や官僚に働きかけたりする前に、もうちょっと説得力のある療法だけに絞り込んだリストを作った方がいいのではないでしょうか。
【補足】「統合医療」という用語について
記事の冒頭で示した通り、「統合医療」とは、「近代西洋医学を中心として、伝統医学、相補・代替医療を統合し」たもの(日本統合医療学会(IMJ)サイトより)を指します。これまで、正規医療以外の医療は「民間療法」「相補・代替医療」「伝統医療」など、様々な呼び方をされてきました。日本統合医療学会関係者は「統合医療とは代替医療とイコールではない」(広報担当者)と主張しています。
しかし日本統合医療学会は、「近代西洋医学」の学会とは別ジャンルの学会であり、政府宛の要望書の趣旨も事実上は「伝統医学、相補・代替医療」の推進を求める内容です。統合医療推進に反対する日本医師会は3月10日の記者会見で「日本では、統合医療の定義について、まず医療界で議論することが必要である。統合医療推進ありきで、議論に入るべきではない」と表明しています。このことからも、統合医療推進サイドは正規医療サイドとの間で、医療としての統合どころか議論の“統合”すら果たせていないことがうかがえます。
「統合医療」という言葉は、当事者の理想を示す用語に過ぎず、その実状を反映していません。記事において、実状を正しく伝えない言葉を使うことは、読者の正確な理解を損ないます。そのため上記記事では、正規医療ではない手法を全て「民間療法」と表記しました。おそらく今後の記事でも、同様のスタンスで記載すると思います。
2 コメント:
誤字の指摘
> 磁気両方
※ 公開不要
学会への批判は納得できる部分もありますが、
一般的には「疑似科学」として一蹴されているホメオパシーが「伝統医療」だったり、ただ「水」としか書いていない項目があったり。「カウンセリング」というのもまた大雑把な話で、じゃあ、統一協会信者に対して脱会するよう説得する「脱会カウンセリング」も健康保健がきくのか?と、意地悪なことを言いたくなります。
という記述は、統合医療を表面的にしか理解していない立場から書かれている、あるいは理解していない読み手には誤解を生むしかないように読み取れる記述です。(コメント欄だけで具体的に説明するのは難しいです。)
時間をかけて対話をしないとお互いの立場からの相違は埋まらないですが、時間をかける価値がないと考える者同士だから対話は進まないですね。いっそのこと、アメリカで発表されている統合医療の内容を英語でそのまま知識を入れることが、統合医療に対する誤解がなくて良いように思います。
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