2009年12月24日木曜日

宗教はタバコとは違う……はず

 産経ニュースからの引用が続きますが、宗教法人に対する国税当局の監視が強まっているそうです。


【産経ニュース 2009年12月23日】相次ぐ申告漏れ 監視強化で悩める宗教団体

 信者に販売した水の代金を「お布施」としたとして、長野県の「紀元会」に指摘された約17億円の申告漏れ。ホテルの休憩料を「お布施」として申告したとして香川県の「宇宙真理学会」に指摘された約14億円の所得隠し。最近、宗教法人の申告漏れが相次いで明るみになっている。

 「宇宙真理学会」のような悪質なケースは指摘を受けても仕方ないにせよ、宗教界からは、国税当局の監視の目が厳しくなったという声が出ている。

 国学院大学の井上順孝教授(宗教社会学)は「(法人の課税強化にもつながる)公益法人の見直し論議が、宗教法人にも及ぶという懸念もあり、各宗教団体は税に対してナーバスになっている」と指摘。

 その上で「税の優遇を受けている以上、宗教法人に透明性が求められるのは確か。しかし、何が収益事業に当たるなのかはっきりしない点もあり、宗教団体が自身の社会活動をどう展開していいのかに困惑しているという現状もある」と宗教界の苦悩にも言及している。

 井上教授の最後のコメントで、ふと考えさせられてしまいました。「何が収益事業に当たるなのかはっきりしない点もあり、宗教団体が自身の社会活動をどう展開していいのかに困惑している」という部分です。

 宗教法人には、組織を維持していくための経済的事情という意味での「経営」的な考え方が必要でしょうから、課税・非課税の境界線が不明確なまま監視が強まるのは、実務上困った状況なのでしょう。巨大教団になれば税額もハンパではないでしょうから、法人経営を大きく左右される問題です。それは容易に想像できるし同情もします。

 しかしそもそも論を言えば、宗教法人というのは信仰に基づいて、彼らが必要と考える事業を行っているのではないでしょうか。少なくとも、直接に宗教的な行為と、その延長線上にある社会活動だけが宗教の行いとして社会的にも尊重されるべきで、それ以外のものは聖域でも何でもありません。ただの趣味かサイドビジネスなので、非宗教的なものにかんする社会的ルールをあてはめるだけで充分です。もちろん、税金面でも。

 極端な例ですが、仮に、お題目を唱えるたびに税金を取られることになったら、創価学会の人たちはお題目を唱えるのをやめますか? たぶんやめないでしょう。やめないで、「そんなことに課税するのはおかしい」という主張をまずしますよね。それが普通だと思います。もうちょっと現実的な例を考えるなら、たとえば上記記事にある「紀元会」。仮に水の販売収益に課税されたことが理由で水の販売をやめたとしたら(実際どうしてるか知りませんが)、「水販売は単に金儲けのために非課税特権を利用しようとしていただけで、信仰とは関係なかったんですね」という解釈が成り立つかと思います。

 本来、信仰活動やその延長線上にある社会活動は、課税・非課税と無関係に、宗教にとって必要なことなはずです(課税することがいいか悪いかは、また別レベルの問題として残りますが)。課税されるならやらないというのであれば、それを宗教とみなす必要はないでしょう。

 課税・非課税によって事業内容が変わるのだとすれば、それは、もともと宗教法人が信仰とは関係ないことをさんざんやってきたという証明のような気もします。もしそうだとすれば、国税当局の監視が強まったことに対する宗教界の困惑は、宗教法人経営と信仰とのズレそのものかもしれません。

 喫煙者だったら、タバコ税がどのくらい上がるかによって、禁煙するかしまいか迷うでしょう(私は絶対やめませんが)。でも、信仰はタバコとは違うはずです。違うと思いたいです。

1 コメント:

匿名 さんのコメント...

とりあえずタバコ税は10000%まで上げてよし